テクノロジーはバイアスを解決できるのか?|『TECH BIAS -テクノロジーはバイアスを解決できるのか?』トークイベント:全体レポート
越境的未来共創社会連携講座(通称Creative Futurists Initiative、以下CFI)」は、国立大学法人東京大学が、ソニーグループ株式会社と協働し、東京大学 大学院情報学環に2023年12月に設置されました。2024年11月24日(日) に、第一回の成果発表展『TECH BIAS -テクノロジーはバイアスを解決できるのか?』(展示は11月23日(土) 〜 25日(月)まで)とともに、トークイベントを開催しました。第一部では各展示内容について、プロジェクトに携わったメンバーからプレゼンテーションを実施。第二部では、研究プロジェクトのテーマ「Tech Bias(テックバイアス)」に関して、ゲストスピーカーを招待し、パネルディスカッションが行われました。
(※) 記事中の所属・役職等は取材当時のもの
TEXT: Akihico Mori
PHOTOGRAPH: Kaori Nishida
PRODUCTION: VOLOCITEE Inc.
【クリティカル、クリエイティブ、そしてコラボレーティブ】
CFIでは現代社会が抱える複雑な課題に対して、批評的(クリティカル)かつ創造的(クリエイティブ)、そして協働的(コラボレーティブ)なアプローチを融合させることが重要であると考えています。つまり、批評的視点で問題の本質を見極めると同時に、創造的な実践によって新たな価値を生み出すこと。そして専門性を共有しながら協働的に問題解決に取り組むことで、既存の枠組みを超えた新しい価値を創出することを目指しています。
これまでの活動では、レクチャーシリーズやワークショップを開催し、分野を超えた研究と実践を推進する基盤を構築してきました。その中でも特に注力しているテーマが「テックバイアス」です。テクノロジーが設計・運用される際、意図せず反映される偏りや先入観、あるいはテクノロジーが社会に与える不平等や不公正な影響を指します。このバイアスは、人間の判断や社会的文脈が技術の設計、開発、使用に影響を与えることで生じるとされています。
「私たちは、テクノロジーを単なる便利なツールとして享受する一方で、それが内包するバイアスや負の側面についても深く考える必要があります。このプロジェクトの目的は、テクノロジーの本質とそれを取り巻くバイアスを明らかにし、それに基づく実践的な研究を進めることです」と筧康明 教授は冒頭で話しました。
CFIでは、多様な専門性や視点を持つメンバーが協力し、テックバイアスに取り組みました。参加者は東京大学の人文社会科学系の研究者や大学院生が約半数を占め、残りは理工系の研究者や、メディアやデザインを専門とする研究者・大学院生が加わっています。また、ソニーグループからも多岐にわたる部門の企画担当者や開発担当者が参加し、多様性とバランスを考慮したグループ分けを行い、プロジェクトを進めたといいます。
「直感的に問題に対処するのではなく、人文社会科学的なアプローチを参考にしながら、テクノロジーとバイアスに関する問題を深く理解し、議論することに多くの時間を割きました」と筧教授は振り返ります。
さらに、外部の専門家やアーティストを招き、新たな視点や方法論を取り入れることも行われました。たとえば、文化人類学者によるフィールドワークの手法に関するワークショップや、アーティストによる創造的な思考法の講義などを通じ、受講生らは従来の枠を超えたアプローチを学んだといいます。

筧康明 教授
【聴こえないのは誰なのか?】

白木美幸、劉カイウェン、香川舞衣、Tang Muxuan、増田徹、百田竹虎、甲林勇輝
続いて、受講生らから制作した作品について発表がありました。『聴こえないのは誰なのか?』プロジェクトは、「ふつうにあるべき」コミュニケーションの困難性とテクノロジーの役割を探求する展示であり、4つの映像作品とフィードバックスペースで構成されています。グループメンバーにとって身近な人が抱える障害である「片耳難聴」をテーマにしたものも含まれています。発表では、プロジェクトにおいて着目したアイデアについて説明されました。
最初のアイデアは「メディアとは義肢であり、私たちの身体はサイボーグである」というものです。マーシャル・マクルーハンは著書『メディア論 人間の拡張の諸相』で「メディアは人間の拡張である」と説明しています。すなわち書籍は思考の延長、車は足の延長、衣服は皮膚の延長、といった具合です。しかし補聴器、人工網膜、義足、義手などの義肢など、私たちの身体と外部環境をつなぐ装置もまたメディアであるという視点は、しばしば忘れられがちだと発表者の劉カイウェンさんは指摘します。「私たちはこの作品の中で、マクルーハンへのアンチテーゼとして、メディアを“義肢”と同等の存在として捉えるということを行っています」と劉さんは話します。また、私達の身体が、自然-人工の二項対立では捉えられず、常に身体に操作を加えながら生きる存在としての、ダナ・ハラウェイの主張するサイボーグの定義を前提としたといいます。

劉カイウェンさん
また、同プロジェクトでは、障害学者マイケル・オリバーらの「障害の社会モデル」に基づき、障害を個人の欠損ではなく社会の構造的課題として捉え直しました。そうして一見誰にでも同じように作用するテクノロジーであっても、社会的立場の違いによって具体的な困難が異なるという現実に着目しました。そうして題材として取り上げたのは、オンライン環境におけるコミュニケーションの課題でした。「テクノロジーは私たちの生活を変革する一方で、その影響は社会的立場によって異なります。届かないのは単なる会話の内容だけでなく、画面の向こうにいる発話者の抱える悩みや思いでもある」と白木美幸さんは話します。
さらに日常生活の中で、身体が「普通」とされる基準から外れた人々が、既存の規範やバイアスに抵抗するための表現を模索する場面に着目しました。「私たちの最後の作品は、制作者が社会の不満を詩にしようと試みる中で、スマホアプリによって表現が『不適切』とされ、自動修正される経験を描いています。その中でも、新たな言葉を編み出し、表現を完成させていく過程を編み物をレトリックとして使い、表現しました」と白木さんは話します。
日常で「当たり前」になっているコミュニケーションテクノロジーに着目して制作された一連の作品で探求されたのは、本当に「聞こえない」のは誰であるのか、これらの声を聞いていないのは社会なのではないか、という皮肉な批判でした。
【 scored?】

高橋宙照、Yating Dai、山本恭輔、Hao Cao、松本翔太、菅野尚子
『 scored?』は、ウェブサイトに隠されたバイアスをAIで視覚化することをテーマとした作品です。展示では、大型のモニターにウェブサイトが次々に映し出されています。手元にあるダイヤルを左にまわすと「女性的」に、右にまわすと「男性的」なコンテンツが表示されるといいます。この作品では、ウェブサイト上のコンテンツを「女性らしさ」「男性らしさ」という基準でAI(Chat GPT)に評価させ、その結果を点数順に並べて。
この作品のテーマであるバイアスは「偏り」や「先入観」のことです。一方で、社会心理学の観点からは、特定のカテゴリーに共通して持たれる特徴や印象を指す言葉としても使われるといいます。「例えば、あるカテゴリーにネガティブな感情や評価が結びつくと『偏見』となり、それが制度や行動に反映されると『差別』へと発展します。この作品では、こうしたバイアスの過程を視覚的に表現し、私たちの日常に潜む無意識の偏りを問い直す機会を提供したいと考えています」と高橋宙照さんは説明します。

高橋宙照さん
Webサイトを題材に選んだ理由は、Webサイトにはビジュアルデザインや情報設計の中に反映された、制作者や依頼主の意図が、意識的または無意識的に、特定のステレオタイプや偏りを含む可能性があると考えられるからだといいます。また、Webサイトはデジタルデータとして存在するため、比較的容易に情報を収集し、分析できるという利点があります。
また本作品の最大の特徴とも言える、WebサイトをAIに評価をさせた理由は、AIが潜在的に持つバイアスを評価基準として利用したという背景があります。「AIは、過去の人類が築き上げてきた膨大なデータをもとに回答を生成する存在であり、それ自体が私たちの社会が積み上げてきた価値観やステレオタイプの蓄積を反映していると言えます」と山本恭輔●●●●さんは話します。インターフェイスも手伝って、AIがどのような偏見を持っているかが直感的に理解できる展示内容になっていました。
【私たちを計量しないために・バイアス推理カード】

私たちを計量しないために:江連千佳、浅井智佳子、三浦勝典、佐倉玲、三森亮、明石穏紀
バイアス推理カード:三森亮、三浦勝典、浅井智佳子、明石穏紀、江連千佳、佐倉玲
次の発表では2作品が紹介されました。
1つ目の作品、『私たちを計量計上しないために』では、テクノロジーの設計における暗黙の前提、特に「標準的な身体」という概念に焦点を当てました。多くの場合、標準的な身体として健常な成人男性の平均的な体型が基準となっています。しかし、現実にはこの基準から外れる人々が大勢存在します。
「この問題を視覚化するために、ピアノや日用品など、標準を基準に設計された様々な製品を取り上げ、『標準』とは何かを問い直す作品を制作しました」
今回の作品では、標準的な手の形を基準として提示し、その隣に自分の手を置いて比べることができる装置を設置しました。その装置を使って手をスキャンすると、紙に手の形がプリントされます。これにより、自分の手の形を見つめ直し、標準とは異なる「ありのままの自分」を見つめるきっかけを提供します。この作品では、スキャンによって生成された数字を紙に印刷し、標準的な手のサイズと比較できるようにしています。ただし、数字として表されると、「標準に近い方が良い」「数字が大きい方が良い」といった規範的なイメージが生まれがちです。このため、数字が記載された紙を裏返すと、自分のスキャンした手の形が表示され、そこに自分自身の手に対する思いやエピソードを書き込めるようにしたといいます。これによって、多様な個人の体験や思いが集まりました。例えば、「昔、ケンカでみかんを投げ合った際、小指に刺さってケガをした」など、一見するとユニークで個人的なエピソードが書かれています。こうしたエピソードは数字に変換できないものであり、人それぞれの経験の豊かさを示しています。
「数値による普遍性や再現性が本当に適切な設計基準なのか、再考する必要があります。その代わりに、数値化できない多様な個性や特性を尊重し、それを反映するテクノロジーのあり方を模索することが重要だと考えました」と明石穏紀さんは制作意図について話します。

明石穏紀さん
続いて、『バイアス推理カード』は、身の周りのプロダクトやサービスのバイアスに意識を向け、デザインの在り方を問い直すことを目的としています。プロダクトやサービスの設計において、「ターゲットユーザー」や「ペルソナ」といった概念が使われる際、それらが特定のバイアスに基づいていることが少なくありません。こうしたバイアスが積み重なることで、結果的に特定の価値観や基準に偏った設計が生まれてしまうという現実があります。
「『バイアス推理カード』では、このような偏りを可視化し、バイアスを意識することで、デザインにおける多様性を取り戻す試みを行っています。このカードを通じて、設計やデザインに潜む無意識の偏りを再認識し、新しい視点で物事を捉えるきっかけを提供します」と佐倉玲さんは話します。
日常の中で無意識に見過ごしていたバイアスを、他者との対話を通じて意識化する機会を提供するのが、このツールの狙いです。会話の中で「あの人がこんなことを言っていたけれど、自分は気づかなかった」「実は自分も同じような偏見を持っていた」といった気づきが生まれることを目的としたといいます。

【ジェンダライズプリマル:動物鏡像儀式】
李若琪、毛雲帆、西澤巧、梅津幹、熊暁、小松尚平、石坂彰、中岡尚哉、管俊青

『ジェンダライズプリマル』はひときわ目を引く展示です。この作品は、プリントシール機、いわゆる「プリクラ」のような装置を使用しています。まず体験者は、自分の「なりたい動物」を選択します。次に自分の顔写真を撮影すると、生成AIによる加工が行われ、人間と動物が融合した写真(プリクラ)をプリントすることができます。このプロセスを通して、現代社会に潜むジェンダーバイアスを「動物表象」とAI技術を通じて可視化することを目指したといいます。
動物表象とは、動物を象徴的に使った表現のことを指します。古くは古代ギリシャやヨーロッパの神話、中国や日本の仏教説話、さらには現代のディズニー社の動物キャラクターなど、古今東西で広く使われてきた文化的背景を持っているといいます。
「オオカミは男性を連想させ、小動物や猫は女性を象徴するといった具合に、私たちが日常的なメディアから得る知識は、既に固定観念やジェンダーバイアスを反映しています」と毛雲帆さんは話します。

毛雲帆さん
この作品は、プリクラを通じて人々の自己表現における境界線を、動物表象とAIの視点から再設計する試みです。自己表現における境界線とは、私たちが自分を表現する際に直面する、内的または外的な制約や制限のことです。これにより、自分が望む像と技術が提示する像の違いを認識することができるようになります。
「専門性が高い人たちが集まると、それは長所であると同時に短所にもなり得る」。テックバイアスのプロジェクトに伴走した東京大学情報学環の田中東子 教授は、このプロジェクトにおける参加者の多様性をそう評しました。各々が持つ特異な視点は、互いに刺激を与えながら新しい作品を生み出す原動力となりましたが、同時に意見の衝突や調整の難しさも露呈したといいます。
同じく、ソニーとして伴走した戸村朝子氏(技術戦略部 コンテンツ技術&アライアンスグループ ゼネラルマネジャー)はこれらの成果を“社会の知”と評しました。「ソニーと同様、幅広い領域の多様性を持つ東京大学とのコラボレーションは、企業が果たすべき責任を問い直す契機となりました。論文作成とは全く異なるフォームである、作品として表現する手段の選択は、参加した皆さんにとって、社会にわかりやすく伝える上でのさまざまな挑戦がありましたが、これを“社会の知”の一端として形にできたことは大変意義深いものでした」(戸村)。

【西川文氏と布施琳太郎氏が語るテックバイアスと未来への問い】
イベントの後半では、ソニーグループでアクセシビリティとインクルーシブデザインを推進する西川文氏と、アーティストとして独自の感性で社会を見つめる布施琳太郎氏の対話を通じて、この挑戦の核心を探りました。
西川文氏:インクルーシブデザインの未来を見据える

西川文氏はソニーグループで人間中心設計を専門とし、インクルーシブデザインの実践に取り組んでいます。インクルーシブデザインとは、特定の属性(年齢、障がい、性別、文化的背景など)や能力に関係なく、あらゆる人々が使いやすい製品、サービス、環境を創出するアプローチです。ソニーでは年齢や障害などの個人の特性、環境を問わず、誰もが商品・サービス・エンターテインメントを利用できる社会を目指しており、「インクルーシブデザインを2025年度までに商品化プロセスに導入する」という目標を掲げています。
「制約のあるユーザーの視点を取り入れることで、見過ごされていた不便をあぶり出し、障がいのある人々だけでなく、すべての人に恩恵をもたらすイノベーションが生まれる」と西川氏は語ります。ソニーではインクルーシブデザインのワークショップが行われており、参加した社員の99.8%が「有益だった」と回答。この取り組みが新たな視点を育み、革新を促しているといいます。
印象的に紹介された『平均思考は捨てなさい──出る杭を伸ばす個の科学』(トッド ローズ著)からの引用である、1940年代のアメリカ空軍での事例は、インクルーシブデザインの重要性を物語っていました。当時、パイロットの平均的な身体データを基にコックピットを設計した結果、誰一人としてその平均値に当てはまらなかったというのです。この教訓は「最初から多様性を包含した設計思想」の重要性を示しており、西川氏の取り組みにも通じています。
布施琳太郎氏:予期せぬ出来事を現実化するアートの力

一方、布施 琳太郎氏はアーティストとして、アートが持つ予期せぬ出来事を現実化する力を重視しています。布施氏が手掛けた作品に、コロナ禍で詩人・水沢なお氏との2人展『隔離式濃厚接触室』があります。これは「一人しかアクセスできないウェブサイト」を会場にして行われた展示作品です。この作品は、自身が感じるネットワーク社会における孤独感を逆手に取り、ディスプレイを通じて自分だけが存在する空間を体験させるものでした。今ある社会の中で当たり前になっていること、息苦しさに目を向ける視点からつくられている作品です。
布施氏はまた、インクルーシブデザインについて、「自分が自分でない身体を具体的に想像することで、イノベーションを発動する」と言い換えています。これは、アートが人々の思考を活性化させ、既存の枠組みを超える視点を提供する力と似ているところがあるのかもしれません。
テックバイアスとはテクノロジーとバイアスの相克

「テクノロジーはバイアスを解決できるのか」。この問いに対し、西川氏は「完全にバイアスをなくす(解決する)ことは難しいが、問い続けることが誤った方向に進むのを防ぐ」と述べ、製品やサービスをつくる上でも、社会課題をいかに解決するかの「問いのデザイン」を磨き続ける必要性を強調しました。布施氏は、テクノロジーは「バイアスの掛け合わせによって発展してきた」と指摘。展示という非日常的な空間だからこそ、この問いを立体的に考える機会が生まれると話しました。
最後総括として、田中教授はプロジェクトの象徴的な成果の一つである「テックバイアス キーワードマップ」にあった「不完全な技術」という言葉に注目し、「テクノロジーは常に不完全であり、その不完全さが新たな気づきを掘り起こす力を持つ」と話しました。この気づきがバイアスの構造を問い直し、新しい社会の形を模索する鍵になるといいます。
バイアスとテクノロジーは相克の関係にあると言えるでしょう。そしてその関係性を超え、テクノロジーによる解決策を生み出すためには、多様性を受け入れ、社会と共創することが不可欠なのです。

田中東子教授