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どんな動物になりたい?

ーーまずは、今回の作品について教えてください。

この作品は、動物に関するジェンダーバイアスをテーマとした「動物になれるプリント機」です。なぜこのようなものを作ったのかというと、「動物表象」に関する問題意識が出発点となっています。動物表象とは、例えば「狼男」や「鶴の恩返し」「犬のお巡りさん」などの物語や童謡、あるいは「ライオンキング」のシンバや「美女と野獣」のビーストなどのキャラクターのような、動物を使った表現全般を指します。これらは物語や商用コンテンツのキャラクターにとって重要な要素ですが、一方で固定のジェンダー観を作り上げる要因にもなっているのではないかと考えています。

例えば、「狼=強い男性」「うさぎ=かわいい女性」といったイメージは、すべて人間が作り上げた物語の産物です。このような表象が、メディアを通じて無意識に再生産されていることが課題だと感じています。そのため、生成AIを活用して「動物になれるプリント機」を作り、これを通じてジェンダーバイアスや動物表象について考えるきっかけを提供したいと思いました。

このプリント機を使うことで全ての問題が解決するわけではありませんが、生成された写真を観察したり、自分が選んだ動物に投影されたイメージを体感したりすることで、新たな議論や気づきが生まれることを期待しています。そして、「なぜ自分はこの動物を選んだのか」「この動物の姿に何を感じるのか」などの問いが生まれたらいいなと考えています。実際に来場者の体験の様子を見ると、動物を選ぶ段階から既にジェンダーバイアスが表れていることが分かります。例えば、うさぎや猫を選ぶ人の多くが女性で、そこには「かわいく撮られたい」という意識が根底にあるようです。

女性的に捉えられがちなウサギや猫、男性的に捉えられがちな狼やライオンにも雌雄があるため、種によってジェンダーを特徴づけるような表現自体が動物への敬意に欠くことなのかもしれません。捉え方の視野を広げると、動物への接し方が変わると思っています。人と動物との関係性を改めて見つめ直すことで、動物を用いた新しく多様な表現がこれから育まれると良いですね。

文化やメディアによって形成される動物のイメージ

今回私たちは、動物表象とジェンダーに関する調査アンケートも行いました。動物は、古今東西、ギリシャ神話から、ヨーロッパの神王伝説、中国や日本の民話に至るまで、しばしば物語の中で表象の記号として使用され、人間社会の文化に重用されてきました。つまり、動物は自らを語っているのではなく、人間社会を語っているということです。人間社会を語る動物表象は、どのように作られているのでしょうか。例えば、生活の中で人間と動物表象が結びつけられたメディアコンテンツがあります。アニメや漫画、ドキュメンタリーの中で、動物と人間の結びつけ方は、ジェンダーを中心にどう固定されてきたのでしょうか。結論としては、動物が使用される表現においては、ノンバイナリーなものが最も多いです。次に男性的、最後に女性的な表現の順で多く用いられます。そして、女性的な表象で用いられる動物の種はかなり集中していることがわかりました。うさぎなどの小動物がしなやかで柔らかく女性的と見られるのに対し、オオカミやライオンなどの力強いイメージの動物は男性的に表象されることが多いです。中でも興味深い例は、猫です。猫は一般的に室内で過ごし、外にあまり出ないことで知られていますが、その特徴が女性的な表象へ反映されることが多いです。このことから、ジェンダーに関する社会的役割のステレオタイプが、動物表象にも反映されていると考えられます。

一方で、ノンバイナリーの表象に使われる動物は、海洋など多様な環境に生息していて固定のイメージに捉われません。例えば、クラゲやイルカ、ペンギン、コウモリなどです。また、同じ動物の中でも、その年代や種別によって表象が異なる場合もあります。例えば、同じ犬でもドーベルマンやプードルでは異なる表象があったり、馬についても男性的なイメージがある一方で「マイリトルポニー」の少女の象徴や、男性騎手との異性愛的なパートナーとして捉えられる場合には、「ウマ娘」のように女性化された表象も存在します。

さらに、文化背景によっても動物のイメージは異なります。日本の文化背景に親しみを持つ人は、日本の文学作品やアニメの影響が多く挙がり、中国ではキツネが美女に化ける物語が親しまれています。西洋文化では、聖書に動物が登場した際のイメージが連想されるというコメントや、グローバルにはディズニーの動物キャラクターも挙げられました。

私たちはジェンダーや年齢、人種に関するステレオタイプが日常生活の中で影響を与えていることを既に認識しています。魂が身体の監獄かもしれません。しかし、メディアから得る知識と個人の経験には常にズレがあります。より公平でバイアスのない世界を目指すためには、個々の多様性や複数性を尊重するために、一人ひとりの声に耳を傾ける必要があります。そして、動物、ジェンダー、人種に関する不公正のステレオタイプを超えて、私たちはどんな身体を生き、どんな未来を構想できるのかを問いかけたいのです。

ーー文化的背景によるズレにはどのようなものがありますか?

意外と、日本と日本以外で大体の傾向は共通しているのではないかと思います。具体的な例を挙げると、日本では女性的なイメージが強調されることが多いですが、異なる文化的背景を持つ相手にとって「かわいい」という表現は性別に関係なく共通している部分があります。例えば、猫や兎などに使われることがありますが、日本の文化では「かわいさ」を特に重視する傾向が強いです。そう考えると、男性性が高い傾向がある動物にも、女性性の表現がいろいろと多様に存在しています。例えば、くまに男性的なイメージがもたれる一方で、テディベアなどから子どもを連れたお母さんのイメージなどが女性的とも捉えられています。これは物語の中で語られることが多く、メディアにも深く関わっていると感じます。個人の趣味によって動物表象が異なるというのも、興味深い部分です。

チームは東大の院生や研究員、ソニーのエンジニア、外部のデザイナーなどから構成されています。私たちは普段は異なる研究を行っているので、今回コラボレーションすることができ興味深かったです。議論の中では、自分の認識が、いかに身体とつながっているかという内容が印象的でした。

生成AIの不確実性も問題提起に活用

動物表象に加え、もう一つの要素として、生成AIにおける不確実性や制度的な問題も浮かび上がってきます。この作品は一定の精度を持つ生成AIをベースにして、パラメーターの調整や最後の人の目による確認を加えています。生成AIは失敗することもありますが、その画像をあえて選ぶ人がいるのも興味深いポイントです。プリクラを撮るだけでなく、こうした背景を含めて作品を楽しんでいただけたらと思っています。

プリクラの体験の後には、プリントした写真をシェアしたり、感想を残したりできる対話のスペースも設けました。そこでは、ポジティブな感想や生成AIが失敗した際に出したイメージに対する違和感などの声が寄せられました。これらのコメントは、データセットやデータベースの持つバイアスそのものを反映しているようで、特に興味深い部分でした。また、プリント写真の裏面の言葉は、メンバーや東京大学教養学部の飯田麻結先生と慶應義塾大学の理工学部の猪口智広先生が選んだもので、人文科学者や動物学者の言葉が記されています。キーワードは「身体」「動物」「細胞」などです。これらの言葉から、人間と動物の関係や、ジェンダーに関するステレオタイプについて考えるきっかけを提供し、動物の存在を搾取しない未来をどのように構築できるかについて、問いかけています。特に私が好きなのは、「我々は境界に対して責任ある存在であり、我々が境界なのである」というダナ・ハラウェイの言葉です。

生成AIが描き出した結果に対して「ズレ」や「失敗」を感じるとき、この「失敗」には、認識AIの技術的な課題が影響している場合もあります。例えば、自分の顔とは別の白人の顔が生成されてしまうという問題です。これはAIの学習データセットが白人をベースにしていることが原因と考えられます。また、髪の長さが識別の精度に影響を与える場合があります。髪の長い人は顔が識別されやすい一方で、髪の短い人や少ない人は、正確に識別されないというケースが見られました。対して、AIのプログラム上では“正確”な生成をしていても、受け手がその結果をどう感じるかは別の問題です。つまり、技術的には合っていても、体験としての「違和感」や「不完全さ」を抱くことがあります。一般的なプリクラは、「もっと美しくなりたい」「顔を小さくしたい」「肌をきれいに見せたい」というような目的で使用されます。しかし、この作品では「動物になる」という新しい体験を通じて、異なる視点から自分自身を見つめ直すことを目指しています。生成AIが技術的に抱える課題はまだ多く残っていますが、それを単なる技術の問題としてではなく、人間とAI、エンターテインメントとの新しい関係性から考えられるきっかけにしたいと考えています。

ーー今回のコラボレーションで印象的だったことはありますか?

開発においてはソニーのエンジニアの方々が中心となってくださり、要件定義や工数決定のワークフローについて学ぶことが多くありました。今後のキャリアにも役立つ知識が得られたと思います。また、東大のメンバーが女性が多いのに対して、ソニー側のメンバー全員が男性だったことで、ディスカッションにて多方面からの視点を生み、男性がジェンダーバイアスをどのように考えているかも理解することができて良かったです。

生成AIを使って変換する上で工夫したポイントとしては、チープな生成AIを使ってしまうと変なアーティファクトのようなものが出てしまったり、男性もしくは女性に偏ったイメージを出してしまったりすることがあったため、その部分の調節をしたことです。方法としては、AIに生成してほしいものと、してほしくないものの指示を文章で入れました。どれくらいの塩梅で人の顔に近づけるか、どれくらいの領域を変えるのかということをパラメータで調節し、何回も生成をして、グループ内で擦り合わせながら手動でバランスを調節しました。生成AIのデータベースが白人の表象に偏っているため、その学習データにもバイアスがかかっています。そこを調整するために、例えば「女性的な猫」などの固定観念的な動物表象のイメージをマイナスに入れるなどして、プロンプトを工夫しました。今回は人種や性差の要素を削ぎ落として作りました。さらに、展示では出来上がったプリント写真を人の目を通して出しているため、バイアスのかかり過ぎた生成結果を排除可能なフィルタの役割ができ、安全性を担保できていると思います。

今回はリサーチ作品として、最後に人によって目視で確認した後に手渡しし、対話の場でのフィードバックを受けて、またアップデートしていくというような形式を取っています。この作品のタイトルが《ジェンダライズプリマル:動物鏡像儀式》というように、全体の一覧の流れを以って儀式である、ということが重要です。

ーー今後さらにトライしたいことはありますか?

生成AIは今年のものを使用していますが、既に2024年末時点の最新のモデルに比べると精度は劣ります。その分知見も蓄積しているためこちらを使っているという意図もありますが、また最新のモデルで精度を高めてみたいと考えています。

また、動物に変換する表現に関して、今回の制作時間は限られていたため耳などの表現に限定して、パーツだけを変えるものと、AIの面白さを感じていただくために意図的に4種類だけ顔全部を取り替えて出しているものがあります。次は鼻や髭など、ディテールの部分のバリエーションを増やしたいです。動物の種類を増やして提示することで、その人が感じる動物表象とのズレをより明らかにすることができるのではないかと思います。

メンバー:李 若琪、毛 雲帆、西澤 巧、梅津 幹、熊 暁、小松 尚平、石坂 彰、中岡 尚哉、管 俊青

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