差異を並べて味わう《私たちを計量しないために》《バイアス推理カード》|『TECH BIAS -テクノロジーはバイアスを解決できるのか?』:インタビュー
東京大学とソニーグループ株式会社による「越境的未来共創社会連携講座(通称:Creative Futurists Initiative、以下CFI)」では、8ヶ月間にわたる講座内の実践研究プロジェクトの成果発表として、2024年11月23~25日の3日間、東京大学本郷キャンパスにおいて「Tech Bias —テクノロジーはバイアスを解決できるのか?」展を開催。出展した4グループのみなさんにインタビューを行ないました。今回は、身近な製品設計にも関わる「標準的身体」と「計量(数字で扱うこと)」について捉え直す《私たちを計量しないために》と、バイアスについてオープンに語らうコミュニケーションの仕組みを作る《バイアス推理カード》についてお話を伺いました。
(※) 記事中の所属・役職等は取材当時のもの
TEXT: Nanami Sudo
PHOTOGRAPH: KAORI NISHIDA
PRODUCTION: VOLOCITEE Inc.
標準の大きさ・形とは何かを疑ってみる

こちらの作品のテーマは「標準的身体」です。ある製品において想定される「人間の手はこれくらいの大きさや形である」という設定に対して、それがいかにして標準的と言えるのか? という問いを立てました。推論ですが、世界の製品の多くは、おそらく西洋の成人男性の健常者が基準になっていると思います。しかし、西洋の成人男性の健常者の中にもばらつきがありますよね。
ピアノを例に挙げると、1オクターブの幅が165.5mmに規格化されていますが、手の小さい方では、指が届きにくいため弾くことが困難です。メンバーの一人は以前ピアノを習っていたけれど、先生から「手が小さいから無理」と言われて辞めてしまったそうです。しかし、実は音階を保つために、鍵盤のサイズなどの構造が関係しているわけではないんです。ピアノの設計は、長い歴史を持っていて格式高いということも、この規格を固定化してしまっている一つの要因として挙げられると思います。それが今に至るまで、何となく当たり前として受け入れられてきて、意識されてこなかったのかもしれません。モーツァルトら著名な作曲家たちがどんな体格だったのかは正確には分かりませんが、過去の演奏者の多くが男性だったという背景も関係し、ピアノの設計にも西洋の成人男性の平均的な体格が影響しているのではないでしょうか。さらには、ピアノを嗜むことが格式や教養を示すものであり、それが男性に偏っていたのではないかということも推測できます。
また、会場には五本指の軍手も例として掲示しました。3Dプリンターで「手尺1尺=約30.3cm=標準」と設定した手の模型を作成し、そこに軍手をはめてみました。今回展示をしてみて、来場者の方との会話の中で、この形が必ずしも全ての人に合うわけではないことに改めて気づかされました。「指が短いから、手袋をはめると先端が余ってしまい、その瞬間に自分の手が標準とは違うのだと感じる」という話も伺いました。特に指の長さや形状、手の大きさによってはフィットしない場合があります。そもそも五本指を標準とすることについても再考する余地があるように思います。また、今回作成した模型は関節が曲がらないため、これに軍手をはめようとすると非常に難しいことにも気づき、人間の手の動きの自由度や柔軟性についても、当たり前ではないと再認識させられました。
さらに「手袋や衣服の標準は地域や文化によって異なるのではないか」という指摘もありました。今回の展示を通じて、そうした多様性や個々の身体に合わせた製品設計の必要性を実感することができました。これは、身近な道具の設計にも通ずる部分があると思います。多くの人にとって「標準的」とされるサイズで作られているものでも、実際には身体のパーツが大きい人や小さい人、子どもや高齢者にとっては、その設計が負担になってしまうこともあります。まずは「標準」を疑ってみる視点が、私たちの生活をより良くするきっかけになるのではないでしょうか。
例えば、ソニーのカスタマイズ可能なPlayStation®5用の「Accessコントローラー」は、そのギャップを埋める素晴らしい例です。手の可動域が限られている方でも、自分の使いやすい配置にボタンを調整できるよう設計されていて、様々なパーツを組み合わせたり交換したりすることで、自分だけの最適な形を作り出すことができます。このような柔軟性のある設計が、これからの製品作りに求められる方向性なのではないかと思います。
手にまつわる記憶から自分の個性を見つめる

来場者の方へ向けた体験訴求としては、プリンターに付属するスキャナーで自分の手を撮影してもらいました。出力された紙の表面は1咫(あた)(親指から人差し指までの長さ)を数値化したものを記載して、裏面は撮影した手のひらを写し、そこに自分の手に対する想いやエピソードなどを書いてもらいました。表面の数字だけを見ると、数字の大きさや「標準的身体」の数値に近い方が良いのかと考えてしまうかもしれませんが、裏面にある写真と多様なエピソードによって、それぞれの手の大きさや形は優劣のつかないものであり、一つひとつが違うことを素直に味わうことができるのではないかと思います。
自分の歴史を振り返ることもありましたし、書く過程で気づくことも多かったです。
ーー例えば私の場合は、昔ガラスで指を切ってしまったことがあって、その傷が跡になって残っているんです。そのとき「左手じゃなくて右手の薬指でよかったね」と言われたことがあり少しモヤモヤした記憶があります。鑑賞者の方の反応で、何か印象的だったことはありますか?
どのエピソードも興味深いです。同じく怪我について書いている方や、「バスケができるようになった」というポジティブな内容の方、「寒くて辛かった」というネガティブな内容の方もいて、本当に様々です。全体的には、どちらかというとネガティブな内容が多いように感じます。特に、自分の手のサイズや形についてコンプレックスを持つ人が多い印象でした。そんな中で、ご家族で会場へいらっしゃって、それぞれの手を比べて楽しんでいる方々もいて微笑ましかったです。お父さんの手だけ指がとても大きくて、「お父さんだけちょっと違うね」と笑いながら話されていました。同じ家族の中でも手の大きさや形は多様であるというのが印象的でした。また、指の骨格や手の形がはっきり見える方の話も面白かったです。その方は自分の手を見つめることで、自分の体の特徴を再認識していたようでした。
手は、顔などに比べれば、確固たる「理想」や「美しさ」の基準がないため、話題に挙げることに対してハラスメントのような問題もあまり生じにくいのかもしれません。顔の場合は「美しい顔のパーツ」や「理想的な顔の形」のような基準がありますが、手の場合は曖昧で、それが面白いところだと思います。手の形や特徴については、個性をそのまま受け入れやすい文化があるのかもしれません。それぞれの手にまつわるエピソードを通じて、普段は意識しないような身体的な個性を、改めて見直す機会になったのではないでしょうか。

ゲームでテクノロジーに潜むバイアスを考察する

こちらの作品は《バイアス推理カード》です。まずテクノロジーカードから一枚を無作為に選びます。例えば「顔認証」を選んだとします。それをテーマに「顔認証の裏には何が潜んでいるか」「顔認証を作る人や使う人、関係する人たちはどんなバイアスを持っているか」を考え、関連すると思うバイアスカードを選び、カード作成者の想定するバイアスと一致させます。ここでは「身体機能」などが当てはまります。日本ではカメラが一定の位置に設置されていることが多く、成人男性の身長(170センチ前後)と目や鼻、口など顔のパーツの配置を基準に設計されています。そのため、その基準から外れた身体や顔の特徴を持つ人は顔認証を利用できないことがあるかもしれません。このような状況は、バイアスがかかったテクノロジーの典型例です。そして、基準から外れてしまった人は、不利益を被る可能性が高いです。例えば、受付で名前を言って認証をお願いする、あるいは手動で開けてもらうなどの対応が必要になるかもしれません。こうした問題は、普段私たちが意識しない部分に潜んでいます。うまくいかない場面をあえて追体験することで課題に気づき、共有することができます。もし該当するバイアスを選ばなかったとしても、それを選択した理由をみんなに共有することが重要です。「なぜそう考えたのか」を説明することで、議論がさらに深まると思います。

このゲームでバイアスについて考えることで多様な声への気づきを得てほしい、という理想が建前としてありますが、対話を楽しんでもらうだけでも価値があると考えています。まずは楽しんでいただけることが第一なので、「このゲームすごく面白いね」という感想が寄せられたことは、とても嬉しいです。バイアスをきっかけに人々の新たな関係性や会話が生まれるのは、非常に面白いと思います。こんな考え方や感じ方もあるのだと、自分とは別の角度からお互いを知ることができるのではないかと思います。
こうした取り組みを通じて、AIリテラシーやそれに付随する意識が自然に育まれることもあるでしょう。ただし、あまりルールや枠組みを厳密に定義するつもりはありません。あくまでもコミュニケーションのツールであり、形式張ったものではなく、遊びの一環としてのツールに留めておきたいというのが基本的なスタンスです。というのも、このツールには余白があることが大切だと考えるからです。現在は18種のバイアスカードと25種のテクノロジーカードがありますが、何も書いていないものを用意しているので、それらを用いて新たなカードを作って加えてもらっても構いません。企業内で活用する場合は、現行の25種類のテクノロジーカード以外にも、その企業の製品やサービスに合わせてカードを追加し、それに対するバイアスについて議論するという使い方もでき、拡張性があるツールだと思います。
このフレームワークは、テクノロジーへの専門知識がなくても、組み合わせ次第で様々な場面に活用できるのが特徴です。また、このツールを通じて、例えばバイアスが生まれる背景と向き合うような機会を作ることも目指しています。そのため、気軽に使える一方で、深い気づきにつながる可能性も持つ仕組みを意識してデザインしました。
このツールの魅力は、シンプルにコミュニケーションを促すことにあります。この展示期間中に、参加者同士が対話を楽しんでいる様子を見ると、この仕組みが対話を引き出すきっかけになっていることを実感します。似たような考え方を持つ人同士でも、あるいは全く異なる価値観を持つ人とでも、このツールを通じて新しい発見や楽しい時間を共有することができます。本を通じて作家を知るような感覚に近いかもしれません。私たち自身も、制作過程ではこのツールの可能性を十分には考え切れていなかった部分があり、展示を通じて体験者の方から多くの気づきを得ることができました。さらには商品化を求める声もいただいたのは、嬉しいフィードバックでした。

メンバー:三森 亮、三浦 勝典、浅井 智佳子、明石 穏紀、江連 千佳、佐倉 玲(順不同)