多様なコミュニケーションのズレを提起する《聴こえないのは誰なのか?》|『TECH BIAS -テクノロジーはバイアスを解決できるのか?』:インタビュー
東京大学とソニーグループ株式会社による「越境的未来共創社会連携講座(通称:Creative Futurists Initiative、以下CFI)」では、8ヶ月間にわたる講座内の実践研究プロジェクトの成果発表として、2024年11月23~25日の3日間、東京大学本郷キャンパスにおいて「Tech Bias —テクノロジーはバイアスを解決できるのか?」展を開催。出展した4グループのみなさんにインタビューを行ないました。今回は、4つのプレゼンテーションを通じて、見落とされがちな「声」や、環境の違いによって起こる誤認識に目を向けた作品《聴こえないのは誰なのか?》について、お話を伺いました。
(※) 記事中の所属・役職等は取材当時のもの
TEXT: Nanami Sudo
PHOTOGRAPH: KAORI NISHIDA
PRODUCTION: VOLOCITEE Inc.
※本作品については制作者のコンセプト・意図により障害表記としています
リモート会議のツールに潜む誤変換

ーーまずは、この作品を作ったきっかけを教えてください。
現代社会では、テクノロジーが便利である一方で、障害(※)を作り出してしまう部分もあるのではないでしょうか。もの作りにおいて、健全な人の体が前提とされることが多いため、障害のある人に対してフレンドリーでない面があり、その障害をさらに助長してしまっていると思います。障害のある人たち自身で対処する方法もありますが、本来は社会全体で取り組むべきではないか、という問題提起をしていくことが必要だと考えています。
この作品は、遠隔で行われるリモート会議をモチーフにしています。ネットワーク通信の不具合で、画面共有ができないため、お互いに手元の資料を見ながら会議をしているシチュエーションです。コントのようにすれ違いがあるにも関わらず、話が成り立ってしまっています。通常の会話であれば、曖昧な部分は聞き返して正しい情報を得ますが、会議中に走らせているトランスクリプトが発言を文字起こししているため、それを頼りに自分の都合の良いように話を解釈してしまうのです。しかし、このトランスクリプトの内容には間違っている部分もあります。例えば「それはだけど」という発言が「平和だけど」と変換されてしまっています。
作品内の内容は、実際にZoomやTeamsなどのツールのトランスクリプトを用いて、その誤変換をピックアップして組み合わせたものを使用しています。さらに、映像の最後にはリモート会議をしていた部屋の状況が明らかになります。そこで、後ろで赤ちゃんが泣いていることにようやく気づくことができます。オンライン会議では、遠く離れた人と気軽にコミュニケーションをとることができます。その一方で、自宅で過ごす時間が多くなり子供の側にいられることが増えると同時に、ヘッドホンの裏で実は無視される声が増えてしまうことがあるかもしれません。このように、テクノロジーによって様々なところでコミュニケーションのミスが生じることを提示しました。
同じ音にも複数の解釈がある

二つ目は《聞こえた音は聞こえない声》というタイトルの、三つの映像が一つになっている作品です。音としては聞き取れるけれど、「声」としてはコミュニケーションが通じ合わないという三つの状況をシミュレーションしています。
まず一つ目は、言語の違いです。映像では、中国語話者と日本語話者のシーンを作り「詰めが甘い」と「爪が甘い」というような誤解を描きました。次に、環境の違いです。オンライン会議中に起こる遅延やノイズなど、外部要因によるコミュニケーション齟齬を表しています。最後は、個人の特性が影響する場合です。耳が聞こえにくい方が文字起こしの確認とアイコンタクトを両立しながらコミュニケーションをしようとする状況を例に挙げました。このように、三者三様のコミュニケーションの難しさを映像と音声で表現しました。
当事者とは誰か? 社会モデルの考え方

こちらの作品は、片耳難聴という、片方の耳だけが聞こえにくい状態をテーマにした映像作品です。この物語は、多くの場合に難聴の悩みをお持ちの方自身が病院に行って補聴器などを使うのに対して、本人ではなく、身近な方が病院に行ってマイクとイヤホンのセットを使い難聴の方を助けようとするものです。この発想は「障害の社会モデル」という考え方に基づいています。これは、障害の原因は障害を経験する方の身体にあるのではなく、社会に起因する、という考え方です。例えば、車椅子ユーザーの方がある建物に入れないのはその方の身体に原因があるのではなく、建物にエレベーターやスロープが設置されていないためです。補聴器を付けることももちろん補助になるかもしれませんが、どうしてもその負担やコストを本人に押し付ける構図になってしまいます。そこで、どうしたら周りの人によってその状況を改善できるかということを考えて、物語を作りました。
映像の他に、イヤーマフでの片耳難聴の体験や、資料の閲覧ができます。資料では、聞き取りにくくて困ると言われている三つの場面を解説しています。一つ目は、聞こえにくい方から話しかけられるとき。二つ目は、騒がしい場所での声の聞き取り。三つ目は、音のする方向がわかりにくいということです。スポーツをする際に、ボールの位置が分からないといった悩みがあります。
初めは、ソニーさんのサポートもあり、エンジニアの方もいらっしゃるので、何らかのデバイスを作り、役立てるようなものを作ろうかと考えました。しかし、次第にそのやり方への違和感が生まれました。当事者がいないままに、私たちがその体験を利用して作品化することを疑問に感じたからです。議論を重ねた結果、私たち自身が当事者ではないかという発想に至りました。
ーー制作過程で、当事者の方などへのヒヤリングは行われましたか?
映像の物語を作るにあたって、私たちのグループの中には、身近に片耳難聴の方がいるメンバーもいるため、その体験も参考にしました。また、東京大学大学院工学系研究科の高木健先生という片耳難聴用のデバイスを開発されている方からもお話を伺いました。そして、資料は片耳難聴の当事者の方による「きこいろ」というコミュニティが作ったものも展示しています。資料を作る際にも、色々なアドバイスをいただき、多くの気づきを得ました。
展示中には、軽い片耳難聴をお持ちだという鑑賞者の方から、今までは調べてこなかったけれど、この映像を見て、世の中のデバイスで改善できることがあるということを知り、少し気が楽になったというコメントをいただきました。より多くの方に片耳難聴や社会モデルの考え方について伝えたいと改めて思いました。
テクノロジーの規範に詩で抵抗する

こちらの作品は《抵抗を編むーファルス(Phallus)にはファルス(Farces)を!》というタイトルです。ファルス(Phallus)というのは、直訳すると「男根」ですが、言語の中のマスキュリンな権威性を指します。もう一つのファルス(Farces)は「喜劇」というような意味です。同じ音のする言葉でも、その中身の意味を変えていくという抵抗がコンセプトの作品です。
作品には二つの系統があります。まず一つ目は、こちらの101、102、103と番号が振られたスマホの作品《Writing for resistance》です。この作品では、世の中では使ってはいけないとされた侮蔑的な意味を持つ言葉を変え、よりエンパワーリングな意味にした言葉を使っています。例えば101の詩では、「bitch」が「ditch(溝)」と変換されてしまうことに対して、「I’m a bad witch(私は悪い魔女だ)」と宣言し、韻を繰り返していきます。「I love to be witch(私は魔法をかけるのが大好きだ)」と主張しながら、死んだ言葉をも蘇らせ、詩を編むことでその言葉を再帰化し、規範的な言語に抵抗し続けることができると示しています。「bitch」や「fuck」といった言葉も、オートコレクトによって異なる意味に書き換えられてしまうというときに、その韻を踏む言葉によって、より強固な反論や抵抗を詩で示しました。
もう一つが、《Creative Feminist Initiative》という日本語の詩です。CFIのプロジェクトの中で、Futuristである前に、構造的な不正義や暴力を許さないというフェミニスト的な倫理観や構造に対して自覚的である重要性を問いかけています。
抵抗を編むというテーマには、詩だけでなく編み物も含まれます。展示台には、社会批判を紡いだ言葉を掲示しています。今回のテーマの中にあるテクノロジーという言葉も非常に恣意的に定義されていて、シリコンバレーなどのイメージが強いですが、編み物も「技術/テクノロジー」の一つであり、クリエイティブの源泉です。テクノロジーという言葉には無意識に女性的、家庭的な要素を排除するメカニズムがあるのではないかと思い、よりオープンでインクルーシブなものにするにはどうすれば良いかということを考え、言葉を編んでいきました。あえてローテクでの表現を行なったのも、この展示全体との対比を意識したものです。
包括的に問いをひらくためのマニフェスト

私たちは東大4名、ソニー3名のチーム構成で、全員でフラットにアイデアを出し、作品制作までを行ないました。世の中にはどのようなバイアスがあるかを議論し、学びながら考えました。広い視点を持って問いを抽出していくという貴重な時間を過ごしたと感じています。
ーーどのような経緯で、テクノロジーが生み出すコミュニケーションの障害というテーマを、複数のアウトプットで表現されたのでしょうか。
議論の内容から発散していく特徴の強いグループでした。さまざまなテーマが出てくる中で、みんなにとって共通して考えたい一つのテーマが「社会モデルの考え方」です。その中で、コミュニケーションに関連する社会モデルを考えてみようというアイデアが浮上し、限られた制作時間の中で、、4つの作品を設置することになりました。
聞こえない当事者とそうでない人の間の関係性には、多様なバリエーションが存在します。誰しもがある環境下では聞こえない人になることがあります。それは耳が聞こえないということに限らず、例えば言葉の馴染みのない国に行ったときなど、実生活における様々な状況が影響します。こうした多様なコミュニケーションのバリエーションや、不完全性の広さを表現するために、いくつかの視点からのアプローチを試みました。

フィードバックを集める場も設けました。ジャンク品など既存の製品を集めたオブジェに、コミュニケーションや音にまつわるモヤモヤを付箋に書いて貼ってもらっています。「ヘッドホンをつけ続けていると疲れる」「家族が難聴になってから人と関わることに後ろ向きになってしまった」などというエピソードが集まっています。これらと自分たちの作品制作での体感をまとめて、マニフェストとして提示したいと考えています。
ーーなぜマニフェストという形で届けたいと考えたのですか?
ダナ・ハラウェイの『サイボーグ宣言』から影響を受けていますが、今回はそれをよりオープンな形で問いをひらくために、みなさんの声から問題提起を集めてマニフェストとして発信することで、インクルーシブな社会を築くためにはどのような取り組みが必要かを考えたいと思っています。

メンバー:白木 美幸、劉 カイウェン、香川 舞衣、Tang Muxuan、増田 徹、百田 竹虎、甲林 勇輝(順不同)