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サウンドから始まる「空気」への回帰

筧康明(以下、筧) 三原さんとは2011年頃に、触覚のプロジェクトで密に議論した仲です。今日は「空気の芸術」というタイトルで、装置もいくつか持ってきていただきました。対話できる場にしたいと思っています。

三原聡一郎(以下、三原): 僕の関心は最初サウンドアートから始まったのですが、作曲のように自分のイメージを作り込むことよりも、音を聴く「環境」そのものに興味がありました。そこから、音以外の状況も作品に取り込むようになっていきました。

パンデミックの時期、自分の作品カタログを作ろうとして、なぜ音から土や香りに実践が移っていったのかを考えたとき、最終的に「空気に興味があるんだな」と。音は空気の振動ですし、微生物を扱うなら呼吸の管理が重要になる。そして気体構成成分に着目している側面などを俯瞰して、自分の中で「振動・粒子・呼吸」という3つのカテゴリーが見えてきたんです。

東日本大震災と「空白のプロジェクト」

三原: 震災が来たとき、制作よりも「自分が生きている状況」を考え始めました。それまでの「環境」は、カッコ付きの概念だったと気づいたんです。コンセントの先を知らなかったこと、浄水や発電、トイレを自分で作るにはどうすればいいか。普段はお金を払って解決しているような、ブラックボックス化されたシステムの「外側」にあるもの。それをいちいち自分の手で、意識的に作ってみることにしました。それが今の制作にも続いています。

だから「環境問題をテーマにしているんですか?」と聞かれると少しズレている感覚があって。環境自体を扱って、僕とあなたが共有している「その場」を意識してゆく視点を作れないか、小さなテクノロジーで試している感じなんです。

震災以降、「空白のプロジェクト」というプロジェクトで四つの作品を制作しました。

一つ目は、震災の常に変化し続ける印象を発泡体(シャボン玉)で生成し続けるインスタレーション。

二つ目は放射線という知覚不能のエネルギーを扱った作品。

三つ目は、土の中の菌が呼吸する際の電子を活用した「微生物燃料電池」による苔玉です。苔玉が「君が代」を歌って踊ったら、人間にとって一番批判的なのではないかと考えました。

最後はコミュニケーションの再考です。被害が生態系の広範に及んだことから、言葉が通じない他種に対しての意識として、まずコンタクトを取る装置を制作しました。ユーモアを伝えたくて、鳥の声や虫の声のような有機的なさえずりに聞こえるバードコールをランダムに自動演奏化した装置を野に置いてじっと眺める。そんな試みが時間をかけて形になっていきました。

振動・粒子・呼吸、三つの装置を巡る対話

三原: 今日はせっかくの対面なので、いくつか装置を持ってきています。「振動」「粒子」「呼吸」という三つのカテゴリーには、それぞれに別々の時間が流れているんです。

三原:まず「振動」のカテゴリーであるこの風の作品は、PCの冷却ファンを安価な出力装置として使っています。普段は会場の外にある風のセンサーと連動させて、リアルタイムの変化をキャプチャーしているのですが、風は解像度が高くて制御がものすごく難しいんです。

参加者: (浮遊しているフィルムが漂う)エリアの直径は、どれぐらいまで広げられるものですか?

三原: 直径2.5メートルがベストですね。浮遊するフィルムは重心を取らないと空気の籠から出て行ってしまうので、ほんの少しだけ鉛の重りを入れることで今、見せているような動きに落ち着きました。最初は「こうできたら面白い」と制御を試みるんですけど、打ちひしがれるんですね(笑)。そうして選び抜いた素材や装置の能力の双方のエネルギーが少なくて効率的に平衡状態を生み出すところに落ち着く中で、この2.5メーターというような「ユニークな経験値」を得ていくのが好きなんです。

三原: 次が「粒子」のカテゴリーです。あそこに三つ吊るされているデバイスは、先端の金属部分をただ冷やすことで、空気中の湿度を結露させています。平均6時間ぐらいでやっと一滴垂れるという時間尺なんですが……今日は湿気ているので、落ちるのが早いですね。

三原: 最後が「呼吸」、このコンポストの装置です。パンデミックの時期、家族にバレないよう室内でトイレとしてバケツと落ち葉で始めた実験でした。手で混ぜるとムラが出るので、バケツごとゆっくり回転させて撹拌して空気を送り込んでいます。継続してゆくと微生物とは、温度と湿度で会話できるようになります。ホカホカして柔らかいとハッピー。ペットを飼ったり、味噌を作ったりする感覚に近いかもしれません。2021年3月11日から現在まで、ウェブで日々のデータを公開していますが、こうした日々の管理がそのまま僕の思考になっています。

3秒で理解されるより、30分滞在すること

三原: 展示する機会がどんどん増えていった頃、ある人に「展示は3秒でわからなきゃダメだ」と言われたことがあって、「いや、なんで3秒なんだろう」って考えたんです。

この作品は3秒でわからなくていい。むしろ30分居続けた人だけが、何かに気づくみたいなことが重要だと思います。

展示空間では、装置と環境と人が並列に置かれる。説明文を短くしているのは、説明を読んでから体験するよりも、先に体が反応して、後から言葉が追いつくほうがいいと思っているからです。 高級な機械より、ダイソーと秋葉原とホームセンターで済むなら、そんな実践をとります。そのなかで得られる「2.5メートル」のような独特な経験値を大切にしています。

空気と共に在るレシピ

©︎Soichiro Mihara

三原: この「空気の芸術」という言葉も、何かを厳密に定義したいわけではなくて。自分の制作を振り返ったときに、たまたま共通していた視点をまとめたものです。

日本語の「空気を読む」という言葉は、少し人間にとって都合よく扱われすぎている気がしていて。実際に30fpsといった速度で風をセンシングしてみても、風向は刻一刻とかなり変化しています。音から始まり、風、湿度、微生物、そしてコンポスト…と辿ってきましたが、それらはすべて空気を介し、空気の状態を通して世界と関わっている。その感覚が一貫して自分の中にあります。

なので、今後もこの枠組みを使い続けるかは分かりませんが、少なくとも今は、自分の制作を捉える上で一番しっくりくる言葉だと思っています。

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