アートとリサーチの交錯点──クリエイティヴな人文学と芸術の未来|CFD012:毛利嘉孝(社会学者)
東京大学とソニーグループが共同で運営する「越境的未来共創社会連携講座(以下CFI)」は、異なる領域を越えて未来の共創をリードする方々を迎える対話の場「Creative Futurists Dialogues」シリーズ(以下CFD)を展開しています。第12回目のゲストは、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科長を務める毛利嘉孝先生です。
毛利先生は、文化研究や文化芸術の社会学を専門としながら、ストリートアートやポピュラー音楽、メディア研究といった既存の枠組みにおける「周縁」を横断し、社会批評・アート批評を展開されてきました。資本主義の変容から現代のアートが直面する激しい衝突、そしてポスト・トゥルースの時代における創造と最前線の実践まで。アートが社会と地続きの影響力を手にした現在地を捉え直し、70年後の「月面居住」という途方もない未来に向けたアートの役割を壮大なスケールで展望しました。
(※) 記事中の所属・役職等は取材当時のもの
TEXT: Madoka Minamisawa
PHOTOGRAPH: Yasuaki Kakehi Laboratory
PRODUCTION: VOLOCITEE Inc.
アートとリサーチの交差
田中東子(以下、田中):毛利先生とは、私が院生の頃から20年来のご縁があり、ずっと長くお付き合いをさせていただいてきました。代表作である『ストリートの思想』をはじめ多くの著作を通じて、アートと政治の問題を非常に丁寧に絡めながら、鋭い社会批評・アート批評を展開し続けてこられた方です。
今回ご登壇いただいた最大の理由は、今年、先生が編著として刊行された『アート×リサーチ×アーカイヴ』にあります。副題に「調査するアートと創造的人文学」と掲げられた本書の内容は、まさにこの社会連携講座が試みている「越境的な未来共創」と極めて近しい問題意識を共有するものです。人文学とアートがいかにして交差し、新たな知を切り拓くのか。毛利先生のレクチャーを通じて、その深層を探っていきたいと思います。
毛利嘉孝(以下、毛利):ご紹介ありがとうございます。私の専門は、文化研究あるいはカルチュラル・スタディーズと呼ばれている領域、そして今は東京藝術大学というところに身を置いていることもあり、文化芸術の社会学と紹介したりします。芸術といっても幅広くて、美術館で見せるようなファインアートだけでなく、ストリートアートやポピュラー音楽といった、大学の中では比較的「周縁的」というか、おそらく私しかやっていないような領域もずっと扱ってきました。あわせてメディア研究も自分の守備範囲ですので、メディアアートの批評を書いたり、展覧会の企画を行ったりもしています。
今日お話しするのは、私がこれまでずっと続けてきた活動のすべてというよりは、ここ二、三年ほどの間、集中的に取り組んできたことになります。私は藝大という、八割方がアーティストや演奏家である組織にいます。そうした「表現の現場」のなかに身を置きながら、研究者として、あるいは批評家として、アートと社会、あるいは人文学がどう交差していくのか。その具体的な背景についてお話しできればと思います。
今日お話ししたいのは「アートとリサーチの交差」についてです。これには大きく二つの方向があります。
ひとつは「アート=ベースド・リサーチ(ABR)」。これは教育学や社会学などの研究者が、方法としてアートを用いる。映像やパフォーマンス、体験を活用しながらプレゼンテーションしていく実践です。もうひとつは「リサーチ=ベースド・アート(RBA)」。こちらはアーティストが社会学的な調査や文化人類学的なフィールドワーク、アーカイブ分析を芸術制作の手法として取り込んでいく。
一見似ていますが、立場が逆なんですね。研究の中にアートを導入するのか、アートの中にリサーチを導入するのか。この二つが近年急速に接近している。だからこそ「それは研究なのか、作品なのか」という問いが繰り返されるわけです。
こうしたアートとリサーチが重なってきている状況には批判もあります。2000年代を代表する批評家クレア・ビショップは、今のアートが「インフォメーション・オーバーロード(情報の過剰)」に陥っていると指摘しています。リサーチに基づいた作品が膨大なデータや資料で埋め尽くされ、結果としてインターネットの「検索」をモデルとした形式に隷属しているのではないか、という批判です。
しかし、私は必ずしも彼女が正しいとは思いません。むしろリサーチとアートの区別自体が揺らいでいる事実の方が重要だと考えています。今こうした形で、リサーチがアートの中に入ってきてるというのはいくつかの理由があります。もちろん、美術史を振り返ると多かれ少なかれアートとリサーチの交錯はありました。重要なのはそれが1990年以降に広がったという事実。これが何を意味するのか。そこには、現在のアートやテクノロジー、メディア環境の変化が非常に深く関連していると思っています。
資本主義の「非物質化」がもたらしたもの
毛利:「リサーチ型アート」は90年代以降に非常に広がりましたが、決して突然変異ではありません。ダ・ヴィンチは解剖学に近いところで仕事をしていたし、南方熊楠のような博物学の時代には、収集と描写がそのまま表現の実践でした。
重要なのはリサーチがアートに入ったことではなく、それが「全面化」したことです。 1971年にハンス・ハーケは、ニューヨークのハーレムやロウワー・イーストサイドの貧困地域の不動産売買の記録を調査して、それがどのように一つ不動産会社の隠れたネットワークによってなされているのかを可視化しました。これは政治的な告発を伴ったリサーチですが、同時に問題をスペクタクルに可視化する面白い作品でもあった。そうした不動産投機と近しい関係にあった現代美術に対する徹底的な制度批判として機能したんですね。
こうした流れが90年代以降、ニコラ・ブリオが「関係性の美学」と呼んだ潮流とともに一気に全面化します。作品は絵画や彫刻のようなモノではなく、関係やコミュニケーション、体験そのものになる。これは、資本主義の変容と密接に連動しているんですね。製造業を中心としたフォーディズムから、価値がモノではなくサービスや金融といった「非物質的な生産」に宿るポストフォーディズムへ。アートもまた、その変化に例外なく呼応していったのです。
例えば、リクリット・ティーラワニット。彼はギャラリーでタイ料理の「パッタイ」を振る舞いました。調理する風景や飲食そのものを作品とする。西洋的な彫刻や絵画といった形式ではなく、アジアにおいて重要な「生活」という形式を芸術的に高めているわけです。
あるいは、フェリックス・ゴンザレス=トレス。彼は『 “Untitled” (Portrait of Ross in L.A.)』という作品で、ギャラリーの隅に79.4kgのキャンディを積み上げ、観客に持ち帰らせました。この「79.4kg」という数字は、HIVで亡くなった彼の恋人の体重なんですね。キャンディを一粒持ち帰ることは、恋人の身体の一部を奪う感覚や、死の恐怖を、作家と「同じように経験する」ための仕組みなんです。
こうした動きは、美術館という制度そのものも変えていきました。ニコラ・ブリオがディレクターを務めたパリのパレ・ド・トーキョーでは、美術館を「24時間開ける」という実験が行われました。コンビニやファストフードが24時間休まない現代社会のアナロジーとして、美術館もまた、夜間にパーティーを開き、DJを呼び、そこで人と人が出会う「経験を供給する場所」へと変容していった。
最近の日本の例でいえば、高山明さんの『マクドナルドラジオ大学』も非常に象徴的です。マクドナルドの店内でラジオを渡されると、そこからは難民や移民としてやってきた知識人が語る、高度な哲学や歴史のレクチャーが流れてくる。それは、難民や移民に対してステレオタイプな理解しかすることができない既存の世界の見方を変えていく経験でもあります。
こうした「関係性の美学」の流れは、日本においては地域芸術祭という形で独自に、かつ大規模に応用されてきました。2000年に始まった『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』や、2010年の『瀬戸内国際芸術祭』がその代表ですね。
当初こそ大きなモニュメントを見せるパブリックアートから始まりましたが、次第にアーティストが地域や村というコミュニティに入り込み、お年寄りや子供たちと一緒にプロジェクトをつくって「経験」を残していく形へと変わっていった。これが、町づくりや過疎化対策、ツーリズムといった社会的な制度と結びつきながら、日本におけるリサーチ型の表現をドライブしてきた大きな要因になっています。
ソーシャル・エンゲージド・アート(SEA)への展開
毛利:「関係性の美学」の流れは、2000年代以降、「ソーシャル・エンゲージド・アート(SEA)」と呼ばれるものと合流していきます。これは日本語でいえば「社会的に関与する芸術」ですが、現在のアートシーンでは非常に大きな潮流になっています。
SEAの特徴は、人間関係や社会の建設について単に「作品化」するのではなく、アーティストが直接関わることで社会に働きかけようとすることにあります。参加型芸術、コミュニティ芸術、対話型芸術など、さまざまな呼び方がありますが、アーティストがソーシャルワーカーやコミュニティワーカーのような役割を兼ねていく。表現が、社会に対する「処方箋」としての性格を帯びてくるわけです。
象徴的なのは、2020年に美術雑誌『ArtReview』が発表した「Power 100(アート界で最も影響力のある100人)」の1位に、特定の個人ではなく「ブラック・ライヴズ・マター(BLM)」という社会運動が選ばれたことです。これは、社会運動そのものがアートのカテゴリーとして見なされるようになり、それだけのアドボカシー(社会提言)の力をアートが持ち得たという状況を典型的に示しています。
社会と衝突するアート──バックラッシュの時代
毛利:社会への関与を深め、リサーチ型・社会関与型のアートが拡大していくと、必然的に政治や倫理と衝突することになります。2019年のあいちトリエンナーレにおける「表現の不自由展」の問題や、2022年のドクメンタ15での論争。これらは単なる展示トラブルではなく、アートが社会的言説の中心に入り、大きな影響力を持ち得たがゆえに起きた衝突です。
特に2022年のドキュメンタ15は、象徴的でした。インドネシアのアーティスト・コレクティブであるルアンルパがアジアから初めてディレクターに選ばれ、「Make Friends Not Art(芸術を作るな、友達を作ろう)」をスローガンに掲げました。彼らは、有名なアーティストを呼んで作品を作っていくというヨーロッパ的な構造を否定し、生活の中にアートが存在していると主張したわけです。
しかし会期中、彼らはより深刻な批判に見舞われることになります。参加したコレクティブの一つ、インドネシアのタリン・パディが、ユダヤ系の資本家たちがいかに東南アジアで搾取をしているのかを問題にした版画作品を作ったのですが、そこでユダヤ系の人たちを、豚になぞらえるなど非常に差別的な表現で描いてしまった。それが「反ユダヤ主義」だということでスキャンダルになるわけですね。ドイツの場合はホロコーストの記憶もあり、ユダヤ系に対する差別は大きなタブーです。
結果的にドイツ中あるいはヨーロッパ中の批判を受け、ルアンルパは事実上ヨーロッパの活動から撤退せざるを得ないほどのダメージを受けました。もちろん、反ユダヤ主義のような差別はあってはならないけど、ルアンルパに対する批判には誤解やデマに基づくものや、アジア系のアートに対する偏見があったことも指摘しておくべきでしょう。その後SNS上でもアートがパレスチナ問題を扱うこと自体が監視の対象になるような、非常に厳しい状況が生まれています。
こうしたリサーチ型のアートが最終的に辿り着いた状況は、非常に大きな転機を迎えています。でも逆に言うと、それだけ大きな影響力をアートが持ち得たっていうことでもあるんですね。90年代から大きくなってきたSEAの流れが、いまバックラッシュに遭っている。これは、現代のリサーチ型アートの一つの展開なのだと思います。
調査的な美学──真実・未来・想像力を扱う実践
毛利:こうしたバックラッシュや摩擦のなかで、いまリサーチを軸にどのような新しい表現が立ち上がっているのか。そのひとつの到達点として、ロンドン大学のゴールドスミス・カレッジを中心としたコレクティブ「フォレンジック・アーキテクチャ(Forensic Architecture)」の実践が挙げられます。
彼らは建築家、映像作家、ソフトウェア開発者、社会学者らがチームを組み、建築のモデリング技術や衛星写真、SNSの断片を解析することで、国家や警察が隠蔽しようとする暴力の事実を解明していきます。その検証結果を映像化し、展示するための展覧会まで組織する。そのジャーナリスティックな姿勢が話題になり、ガーディアン紙のようなメディアで共有されると同時に、裁判の証拠として扱われる一方で、英国現代美術の権威であるターナー賞のファイナリストにも選ばれた。
何が本当かわからない「ポスト・トゥルース」の時代において、人間中心主義ではないデータやデータベースを組み合わせ、新しい「真実」のあり方を探っていく。これはジャーナリズムや科学の領域を超えた、きわめて現代的なリサーチ型のアートの形です。
最後に今始めたばかりの私自身のプロジェクトについて話させてください。こうした国際的な潮流を背景に、水嶋一憲さんや清水知子さん、日髙良祐さんのようなメディア文化の研究者、キュレーターの四方幸子さん、アーティストの長谷川愛さんと共同研究を始めました。日本版の「調査的な美学」のパイロットモデルができないかという試みです。
参加している長谷川愛さんは「スペキュラティブ・デザイン」といわれる、固有の仮説を立てて、そこから世界を想像していく手法を扱っています。たとえば最近の彼女の展覧会では「人工子宮」が実用化された70年後の社会を作品として示している。それは単なる技術の予測ではありません。出産の痛みから解放される一方で、非常に高額なその技術を利用できるのは裕福な層に限られるかもしれない。卵子を自由に選べるようになったとき、社会観はどう変わるのか。こうしたSF的な想像力を使い、今の医療や社会を逆算して考える「投機的(スペキュラティブ)」な調査もまた、重要な役割を担っているわけです。
もう一つ、私の研究室を中心に若いアーティストと東京科学大学(旧東工大)との共同研究として最近進めているのが「月面芸術プロジェクト」です。70年後、80年後の月面居住を真剣に見据える科学者たちと共に、そこでの文化や芸術がいかなる形をとるのかを模索する試みです。月面では、重力も光の解像度も、空気の条件も地球とは異なります。あらゆる条件が違うなかで、地球上の条件の特殊性を意識せずに作られてきたアートの形式は、おそらく通用しません。
また、70年後の月面は、今の欧米を中心とした世界とは全く異なった世界地図、政治を反映しているでしょう。音楽や芸術のあり方も、私たちが現在想定しているものとは全く違う形になっているはずです。
何の根拠もない話に見えるかもしれませんが、アーティストが持つ屈託のなさや想像力は、テクノロジーや社会が本当に必要としているものを考える大きなきっかけになると思います。
Q&A:越境がもたらすコンフリクトをどう乗り越えるか
戸村朝子: 今日の先生のお話は、私自身がソニーに25年ほど身を置き、「理工学と表現」の間で苦労し続けてきた経験とも非常にシンクする内容でした。このCFIの活動はまさに領域を融合し、乗り越えようとする試みですが、やはり実際にはコンフリクトも起きやすいと感じています。領域をお互いに超えていくなかで生じる摩擦をどう乗り越えていくべきか、毛利先生のお考えを伺いたいです。
毛利: コンフリクトは本当にいろいろありますよね。今回の講座の文脈でいえば、一番大きなものは「人文学とのコンフリクト」かもしれません。
人文学というのは、基本的にテキストベースの世界です。本を読み、論文を書き、その中で評価されていく。20世紀の大学はここを中心に回ってきましたし、私自身もそのコミュニティに属しています。そういう立場からすると、アートやイメージ、音楽といったものが入り込んでくることに対して、「そんなちょろいものでいいのか」と。自分たちが培ってきた批判的な精神や政治的な意識が、一気に失われて「脱政治化」されていくような危惧を与えている。
ただ、そこは単に対立するのではなく、人文学が持っていた最良のものは受け継ぎつつ、テキストだけじゃない世界観を提示していく。20年後、人文学が今のままの形で残っているかがわからないなかで、そこで守られてきた批評性をどう引き継いでいくか。伝統的な人文学も納得できる形で、ある種の批判性をどう確保するかが、これからの我々の課題だと思っています。
同じようなことは、芸術の現場でも起きています。東京藝術大学のような保守的な教育組織にいると感じますが、エンターテインメントとファインアートの壁は、おそらくアート界の外側の人が思われている以上に高い。もちろん少しでも商業的な匂いがするものを許せないというラディカルさが生み出す強さも確かに存在します。けれども、一方で、これだけ資本主義や技術の影響が強くなっているなかで、それを無視することはできない。ファインアート側から見ると商業的に見えるようなものの中にも、実はいろんなレイヤーが存在している。したがって、いたずらに「商業主義 vs ファインアート」と二分するのではなく、どうやって反商業主義だからこそ持ち得た強さを保持するのかが重要だと思います。
純粋芸術といった領域は、決してなくならないでしょう。しかし、経済や社会的な側面が芸術の大きな影響を与えている現在の状況下で、アートが社会的な影響力を持ち続けるためには、コンフリクトを抱えながらも、なんとかして「会話をする方法」をみんなで探っていくしかない。こうした講座や事業そのものが、まさにそのための試みなのだと、芸術系の大学にいる研究者としては思っています。
