ものづくりはエンタメ。コミュニティは相互推し活。:ロボットエンジニア・田中章愛が未来へつなぐ「夢中」の身体性|CFD013:田中章愛
東京大学×ソニーグループによるCreative Futurists Initiative(以下CFI、越境的未来共創社会連携講座)は、領域を越境し、未来へ向けた共創を先導する対話の場「Creative Futurists Dialogues(以下CFD)」を展開しています。第13回は、ソニー・インタラクティブエンタテインメントのロボットエンジニア、田中章愛さんです。
「子どもたちに創意工夫の原体験を届けたい」という想いを起点としたロボットトイ『toio™(トイオ)』の開発プロセスや、NHK『魔改造の夜』での極限の共創を題材に、「現代のものづくりは参加型のエンタメであり、普段からの筋トレが大事」「コミュニティは相互の推し活」といった独自の概念から、未来の創造性のあり方を紐解きました。
(※) 記事中の所属・役職等は取材当時のもの
TEXT: Madoka Minamisawa
PHOTOGRAPH: Yasuaki Kakehi Laboratory
PRODUCTION: VOLOCITEE Inc.
夢中が生み出す「原体験」と成長のエンジン
筧康明(以下、筧): 本日は、ロボットトイの『toio(トイオ)』を開発された、田中章愛さんにお越しいただきました。toioは僕らのラボでも愛用していますが、今日は開発の裏側を含め、たっぷりとお話を伺えるのを楽しみにしています。
小薮亜希(以下、小薮): ソニー側で本講座の事務局をしております、小薮です。今日はソニーから久しぶりの登壇となります。田中さんは、PlayStation®を作っているソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)の所属です。ロボットトイのtoioを世に送り出したエンジニアであると同時に、NHKの『魔改造の夜』という番組にソニーが参戦した際にチームの総合リーダーを務めていたので、社内でもかなりの有名人です。今日はtoioの事業化プロセスから、コミュニティを通じた共創の形まで、多角的な側面からお話を伺えるのを楽しみにしております。それでは田中さん、よろしくお願いいたします。
田中章愛(以下、田中): 紹介いただきました田中です。今日は、お世話になっている筧先生にもご紹介いただいたtoioの話、そして『魔改造の夜』の話を肴(さかな)に、コミュニティの創造性をどう育んでいけばいいのかをたっぷりディスカッションできればと思っています。
本題に入る前に、私が活動の軸としている「夢中」という状態について少しお話しさせてください。私は小学校2年生の頃からずっとロボットを作り続けている、いわゆるロボコン少年でした。その後ソニーに入ってロボット研究者になりましたが、なかなか商品化できず、苦しい時期を過ごしたこともあります。そんな私の転機となったスタンフォード留学や、仲間と集まって生まれたtoio。それらすべての根底にあるのが、「原体験」です。その人にとって忘れられない・今につながる体験=原体験があれば、それが何かをやりたくなる強力な原動力になる。これは個人にとっても、コミュニティにとっても創造の核だと信じています。
少し広い話をすると、経産省の未来人材ビジョンという資料があります。そこには、2050年には、「注意深い・ミスがない・真面目」といったこれまでの美徳は古くなり、「自ら問題を見つけ、柔軟に考え、何より夢中になれる人(ゼロイチ人材)」が求められると書かれています。
では、夢中とはどういう状態か。心理学者チクセント・ミハイ先生のフロー理論では、やることの難易度と本人のスキルが絶妙にバランスしたときに人は夢中になれると言われています。簡単なことをやってもつまらないし、難しすぎると不安になる。その境界線で、難しいけれどやれることが次々やってくると、人は勝手に成長していく。つまり、夢中というのは成長につながるエンジンそのものなんです。
成功をゲームに、失敗を筋トレに――toioが形になるまで
田中: ここからは、まず物作りの楽しさ、夢中を広めたいという話をしたいと思います。私は今年でソニーに入って20周年になりますが、創業者の井深大さんを「発明家」として、かなりリスペクトしています。彼は「発明するだけじゃダメで、それをちゃんと利用してもらうことが大事だ」ということを言われていて、そこが私の原体験と深く結びついています。
小学校の時に発売されていた『マイ・ファースト・ソニー』シリーズ。このお絵描きができるグラフィックコンピューターを、妹が3歳の頃にめちゃめちゃ使いこなしていたんです。3歳でこんなに使いこなせる製品ってすごいな、と感動した。それがソニーに入社したいと思うに至った強い原体験ですし、今、SIEという、PlayStationとtoioを作っている会社に私が携わっている原点です。
さて、toioがどんなものかというと、カードを使ってプログラミングして遊べるロボットトイなんですね。「絶対位置」が認識できる技術を使っていて、キューブの裏側にあるセンサーがリアルタイムで専用の紙の上に印刷されたパターンを読み取り、それによってカードの種類を見分けたり絶対位置の座標を得ることができます。Bluetooth通信やマイコン、バッテリーが詰まったこの小さなキューブは、カードを並べるだけで3歳からプログラミングができる一方で、JavaScriptやPython、Unityの開発環境も提供されています。さらに最近はロボットの「ROS」で動かす人も出てきています。学校教育からアート作品、果てはSCRAPさんとコラボしたリアル脱出ゲームまで、今では様々なコミュニティで使っていただいています。
しかし、このtoioが生まれるまでの道のりは平坦ではありませんでした。発端は2012年の「放課後活動」です。ソニーの研究所「ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)」の研究者にフランス出身のアレクシー・アンドレという研究員がいて、彼は「人はなぜクソゲーにハマるのか」というちょっと謎の研究をしていた。そんな彼と出会った時に「おもちゃがゲームっぽく、映画っぽく動いたら面白くない?」と盛り上がり、仲間を集め始めました。当時、3Dプリンターをガンガン回して作った初期のプロトタイプを社員のお子さんに見せたら、まだ帰りたくないと泣き出してしまうくらい楽しんでくれた。その「夢中」を見て、これは何としても形にしたいと決心したんです。
ところが、当時の技術は「天井カメラ方式」でした。天井にカメラを置いて、ロボットが発する赤外線の光でロボットの位置を知る。さすがに大がかりすぎるので次に机にカメラを内蔵し、天板を半透明にしましたが、結局これでは半透明の机を丸ごと買わないと使えない。こんなに大がかりでは製品化は厳しい、と一時プロジェクトが塩漬けになったり、心が折れそうになっていました。それを救ってくれたのが、同期のデジカメエンジニアだった中山さんです。「センサーを全部内蔵できれば理想の製品像になるんじゃない?」という話が出てきた時に、「これならできそう」と提案しながら放課後活動に合流してくれた。そうして3人でソニー社内の新規事業オーディションに応募し、なんとか優勝。そこから小型化を進め、ユーザーテストを何十回と回し、クラウドファンディングの実施・お届けや、その後SIEへの移籍を経て2019年の一般発売までこぎ着けました。
発売後、様々なお客さんに使っていただき、プログラミング教育への活用も進んで、第10回ロボット大賞 文部科学大臣賞もいただきました。また、2025年にはGOOD TOY Awards 2025でGOOD TOY賞もいただき、大人も子供も夢中になれる、長く遊べるプロダクトとして評価をいただいています。そして、ここから研究開発や様々なコミュニティ活動、ものづくりが好きな方々が自由に作品を作るような、緩やかなコミュニティも広がり始めています。
私は、ものづくりそのものが「ゲーム」だと思っています。どうやったら作れるか分からない問題を、プロトタイプを作りながら解いていく。ゲームと思えば楽しいし、仕事と思えば苦しいかもしれない。この泥臭い試行錯誤こそがものづくりの筋トレであり、チャンスが来た時に体を動かすための準備なのです。
『魔改造の夜』――「らしさ」の呪縛を超えた、剥き出しの「癖」
田中: もう一つの私の「ものづくり推し」に関する話、NHKの『魔改造の夜』についてお話ししたいと思います。これは、ご存知であれば説明不要かもしれませんが、3社対抗で6週間、おもちゃや家電など2つの生贄を魔改造して競技するエンタメ番組です。やらせなし、結果も順番もいじらずに放送される、まさにガチンコのものづくりバトルです。
挑戦したのは、猫ちゃんのおもちゃを6メートル落下させたあと25メートル走らせる「ネコちゃん落下25m走」と、蒸気だけで動く「電気ケトル綱引き」の二つです。私たちはSニー(ソニー)・チームとして参戦しました。ものづくりはエンタメだ、ということで、「自分たちが楽しむところを見てもらいたい」ということでした。
では、なぜ参加したのか。もちろんロボコンがやりたかったというのもありますが、当時はコロナ明けで、特に入社間もない若手はリモートばかり。部署の人と共同作業をしたことがないという人が多かったんです。チームには、PlayStationの部隊だけでなく、研究所、半導体、工場の人など、普段の仕事では絶対に出会わないメンバーが揃いました。メンターには、私の大先輩である二人の怪物を招きました。一人は新しいaiboを作った森永さん。人型ロボットのROBO-ONEで優勝しまくっている、ロボコン界隈の有名人です。もう一人は鳳さん。PlayStationの2から5まで、メカ設計をすべて担当してきた鬼のようなエンジニアです。何億台製品を作ってきたか分からないような、メカ設計の神様です。そういう人たちと、熱いものづくりを体験したいと思ったんです。
「ネコちゃん落下25m走」では、ネコちゃんのおもちゃを6m落下させ、計25mを速く走らせる競技本番までの6週間に対して、開始4週間経っても失敗続き。もちろん私たちは6メートル落下する製品なんて作ったことがありません。みんなでスローモーションを撮りまくって、どこがどう壊れるかをひたすら確認しました。初めて着地と走行に成功したのは、なんと本番の1週間前。そこから一回成功するとみんなもう堰を切ったように次々とうまくいき始めました。放課後活動だったので、みんな休暇取得などで工夫しながら昼夜交代で作り込み、本番2日前には正確に7回落とすと壊れるので軸受けなど部品交換しなければならない、というデータまで取れました。本番前に主要部品を交換し、テストで2回だけ落として本番を迎えました。
「電気ケトル綱引き」では、1300N(ニュートン)という、130キロくらいの力が出るモンスターを作りました。お題は「蒸気の力で綱を引け」。私たちは社内の設備では到底難しいエンジンやタービンを作るのではなく、もっと手頃な試行錯誤で練っていけそうなシンプルな仕組みを選びました。蒸気を冷やせば水に戻って体積が1700分の1になる。蒸気による加圧ではなく、水になった時の負圧・大気圧の力を利用したんです。3Dプリンターやレーザーカッターで試作を繰り返し、答えを見つけていきました。
ここで大事にしていたのは、ソニーのチームではあるけれど、「ソニーらしさ」という言葉を使うのはやめよう、ということでした。「ソニーらしいかどうか」で判断せず、自分が手を動かして得てきた感覚で判断し、自分たちがやりたいもの、後で自慢できるものを作ろう。負けても、やって良かったと思えればいい。そうやって「らしさ」を禁じていたのに、結果的にできたものを見た人からは、やっぱりソニーらしいねと言われたんです。禁止と言われても出てしまう癖、それこそが本物のらしさなんだなと実感しました。
コミュニティという名の「相互推し活」
田中: 『魔改造の夜』での体験を通じて、手を動かすことの価値、コミュニティの価値を改めて感じました。今、過去の番組出場チーム・経験者からなる魔改造コミュニティは40チーム以上、実質1000人以上が関わる巨大な場になっています。普段はDiscordで雑談し、月に一度オンラインランチ会をやり、自分たちで勝手に競技を考えて横浜の「YOXO Fes」などで競技大会や独自展示会を開く。番組が終わっても、手が止められない人々がいっぱいいるんです。
こうした活動を見ていると、コミュニティとは「相互推し活」だな、と最近特に思います。リスペクトが命。互いに推し合う存在であり、上下関係のない関係です。夢中になる材料をお互い提供し合って、リスペクトし合い、推し合い、持続できる。最初に言った「夢中なフロー状態」になれる場、それがコミュニティだと私は感じています。
私自身は公私・社内外含め他にも色々なコミュニティに属していますが、書き出してみると、ソニーという会社、toioチーム、魔改造の夜、さらに社内の異なる分野を繋ぐ「ポリネーター(Pollinator、ミツバチ役)ネットワーク」という有志活動。社外では「つくばチャレンジ」や「CoderDojo」。全体を通して、ものづくりを楽しみ、それを繋げたり広げたりすることに興味があるんだなと感じます。
持続するコミュニティに必要なのは、管理ではなく「定期的なメンテ」です。盛り上がりすぎて息切れしないこと。長く付き合えるネタで繋がること。タックマンモデルでいう「形成期」にまずちょっと共同作業をやってみて相性や持続する熱意を確かめ、「激動期」の摩擦をみんなで話す時間を持ちながら方向性や連携手段を調整しながら、お互いのリスペクトが成長し、お互いに推したくなってくる。放っておくと自然消滅してしまうので、ある程度定期的に会ったり話したり共同作業する場を作り、それを効率的に息切れしない程度にメンテしていくことが必要です。そして全体の効率化・持続可能な体制づくりのために分担やIT・集まる場などのインフラを整えて「安定期」へ持っていく。
ソニーグループ内でも、かつての「机の下活動(本業外のことを、隠れてこっそりやるもの)」と呼ばれていた、自発的に何か作る文化がありますが、もっと堂々としたいので、僕はこれを「放課後活動(堂々と机の上でやる自発的なもの)」と呼び直して広げようとしています。昔は内緒で作って運任せで誰かわかる人に見せる活動でしたが、今では、様々な社内コンテストのような評価される場・仕組化されたインフラや、仕事以外にも自由に使えるものづくりスペース「クリエイティブラウンジ」があって、自発的なものづくりがよりオープンなものになっている。これらはまさに「ものづくりの筋トレ」をするためのトレーニングジムのような場所です。本業と違っても、作品を作ってまとめて、外に出して人に見せる・使ってもらう行為そのものが重要です。いざ本業で短時間・高速に新たなものを開発しなければならない時にとても役立ちますし、相互の刺激で次に作りたいものが生まれる。これが続くのも、ものづくりが好きな人がたくさん集まり、つながり、相互に推し合うコミュニティがゆるく形成されているからだと感じています。まず自分で作ってみて自信を持ち、周りからも「いいね」と言われて自信を深める。そこから、発明・新製品・新規事業に繋がったりする。新しいことにチャレンジするには、まず楽しむ気持ち、そしてその背中を推してくれるコミュニティの存在が不可欠だと思います。
コミュニティの核は、自分自身が楽しい、夢中になれるということ。それはAIとは違う人間の良さです。AIは最初に言われないと何もやらないかもしれませんが、人間は誰かに言われなくても楽しくて勝手にやってしまう・作ってしまうことができる。その「楽しむ気持ち」こそが、創造性の源泉になるのだと思っています。
Q&A:「ものづくりは階段の一段目から」という教え
髙木紀久子: アイデアを出す際、一つは「外に出すこと」が重要だとおっしゃっていました。私は心理の方面から創造性の研究をしている中でそのプロセスを「外化」と呼んでいますが、それはスケッチや試作などを通じてアイデアを外に出すことで予測したものとは違う何か、見えていなかった部分が見えるということなのでしょうか。
田中: まさにそうです。人間の頭の中で考えられる問題の範囲って、実はめちゃめちゃ狭いんです。特にものづくりをしていると痛感します。CADやCGの世界では完璧にうまくいっているはずなのに、実際に3Dプリントしてみると、思った通りに動かなかったりすることが往々にしてあります。
特にロボットのように動くものの場合、すべての動きを事前に完璧に想像するのはほぼ不可能です。実際に形にしてみると、可動範囲が足りなかったり、ケーブルが突っ張って切れたり、ネジを留めようとしたらドライバーの手前に別の部品が重なっていたり。「世界は物理法則を裏切らない」ので、こちらが間違っていれば、法則に従って設計通り「正しく間違ったもの」ができあがってきます。形にすることで、自分の認知の浅はかさが客観的に理解できるんです。
私の恩師である筑波大の坪内先生は「想定外を想定内にすることが大事だ」と言われていました。一発目で完璧に動くことなんて、ベテランでもまずありません。品質を作り込むとは、何度もテストをすることであり、製品開発で例えれば高温や低温、落下衝撃など、あらゆる条件で「想定外」を炙り出す作業です。とりあえず外に出して実際に試し、物理世界に問いかけ、仮説検証を繰り返す。そうしてできなかったことが実現できるようになります。初めてアイデアが思い通り実現できた時の喜びは格別で、特に最初は一回でも成功すると、チーム全体が燃える集団になり、さらに細かいところまで目が配れるようになります。ものづくりは、本当に、仮説検証がすべてなんです。
参加者: 私は普段、子供たちにプログラミングを教えるアルバイトをしています。今の子供たちは、私が子供の頃にはなかった「プログラミング教育」を当たり前に受けています。一方で、AIによって最初から「正解」が手に入ってしまうプロセスが一般化したことで、ものづくりの楽しみが失われてしまうのではないかという寂しさも感じています。試行錯誤して、ぐしゃぐしゃになりながら「できた!」という喜びを見つけるかつての面白さを、どう伝えていけばいいのでしょうか。
田中: 非常に重要な指摘ですね。よく『魔改造の夜』でご一緒したSニーのメンター鳳さんはよく「ものづくりの階段は一段目から上らないといけない。誰かのアイデアをそのまま持ってきていきなり十段目から上ると、先が行き止まりだった時に地面に降りて他の階段に昇ることができなくなる」とおっしゃっています。生成AIが答えを出すような「十段目」にいきなり立ってしまうと、そこが行き止まりだったりエラーだったりしたときに、土地勘・肌感覚が無くて何をしていいか分からなくなってしまう。いつでも地面に降りて根本から考え直すことができるように、手触り感などの身体感覚や、物理法則など考え方の基礎を飛ばして結果だけを受け取ることの危うさは確かにあります。自分もものづくりに長年関わる中で、手を動かし、体で感じながら理解し、自分の頭で本質を捉えて試行錯誤する姿勢が大事だということは心の底から感じています。
ただAIに関しては別の視点もあります。自分にとっての「楽しいところ」は手放したくないですよね。そのための時間を生み出すために、効率化してくれるAIや機械を使えばいいんです。最近、私の家族の中で編み物が流行っているのですが、セーターなど買ってくれば済むものをあえて自分の手で編みたくなるのは、効率ではなくその作業プロセス自体が楽しいからです。娘は家に帰るなり無我夢中で編んでいます。私自身、半田付けが好きなのですが、それこそ業者さんに発注すれば安くて確実かもしれません。でも、あえて自分でやる時間を作るために、AIはそれ以外の時間を圧縮するツールとして使えばいいんじゃないかなと思っています。半田が溶けている一瞬をとらえてテンポよく綺麗に作業するのはなかなか快感です。作業興奮というか、作る行為には楽しみが内包されています。かつてはものづくりは人が生きるために必要な行為でしたが、現代のものづくりはある種の参加型のエンタメなんだと思っています。そして、いざいうときに思い通りのものを作ったり、フットワーク軽くアイデアを実現し、新たな挑戦のチャンスをつかむには、普段からのものづくりの基礎体力づくり・「筋トレ」が必要で、放課後活動や趣味のものづくりにはとても大きな意味があると思っています。
AIは今のところ最初のきっかけを人から指示として言われないと動けませんが、人間は言われなくても勝手にやってしまう。やらされるのではなく、自発的に自由に動けるある意味の特権を持っています。この「勝手にやってしまう」という余白・自由こそが、AI時代における創造性のエンジンなのだと思います。
ちなみに、「ものづくりはエンタメ」は言い過ぎと思われることもあるかもしれませんが、ものづくりは人の役に立つためのものというだけでなく、人が楽しむエンタメであってほしい、暮らしや活力の一助になってほしい、という願いを込めている気持ちもあるかもしれません。変化が速く未来予測が難しくなった現代、今後ますますそういう側面が重要なのではないか、と個人的に感じています。ソニーの創業者井深さんは、様々な先人と同様「未来なんてのは予測するものではなく、作るものです」とおっしゃっていました。私自身も、エンタメとして楽しめるものを、エンタメとして楽しみながら、未来を作りたいと思います。
ペイ・フォワード:未来のために価値を受け渡していくということ
筧: あらためてお話を聞けて良かったです。ビジネスとしてtoioを作られる際、田中さんの個人的な経験から「コミュニティと共に育てていこう」という意図があったのでしょうか。ファンクラブのようなインターネットカルチャーの価値が、ロボットやエンターテインメントといったハードウェアの世界でも最初から念頭に置かれているのが非常に面白いと感じました。これから先、AIがいれば個人の関心は満たされるという世界の中で、人のコミュニティというのをこれからどう設計していくべきでしょうか。
田中: ありがとうございます。toioを作るときは、ものすごくコミュニティを意識していました。自分だけで作れるものには限界があるからです。ゲームソフトが元々ゲームコミュニティによって作り上げられ、産業になったように、ハードウェアもまた作り手の想像を超える使い方が生まれることで長く続いていく。Makerムーブメントという言葉もありましたが、作る行為、ひいては製品開発そのものも、昔とは違ってコミュニティの中で行われる行為になったと思っています。自分たちが自前ですべての体験やコンテンツを作って提案し続けるような開発モデルだと、やりたいことの何分の1もできないですし、想像も多様性がない小さな範囲にとどまってしまいますから。受け手となる人が多様なのに、それを表現したり商品性に盛り込めないとつまらないし、使ってもらえない。それよりも、情報をオープンにして皆さんに楽しみたいように楽しんでほしかった。自分が作ったものが動く瞬間に子供たちが夢中になり、そこに絆が深まる。そして、自分と等身大の人々が作った作品から刺激を受けて、自分も作りたくなる。お互いの作品を讃え、リスペクトし、推し合う。その経験自体を広めたいというのがtoioの根底にある思想であり、それはやはりコミュニティそのものなんですね。
AIとの付き合い方については、最近技術者コミュニティの間で「情報ソースの枯渇」が話題になっています。特に物理世界に関してはまだまだAIにはロボットのような実世界の身体・入出力手段が足りないので、情報も足りていません。AIが入り込む余地がない場所や、入り込むことを許されていない現場も多い。なので、AIは今はまだ大半が人間が実世界について記述し記号化・翻訳した情報を通じた間接的な世界観を通じて世界を見ている・理解している状態で、リアルな世界を十分知らないし、元データのバイアスに応じて大いに偏っていると思います。
自分はロボット目線で世界がどうなっているか想像することが多いのですが、AIが暗い部屋から細い穴を通じて世界を見て、人間の住む実世界について全力で計算し想像している姿がけなげに感じられることもあります。人間に比べてはるかに少ない手がかりの中で、無茶振りに対して力技で頑張っていて、ただの機械とは言えある意味可哀そうにも思います。
その状態で人間が自分で考えたり世界を翻訳するのをやめて、AIの生成物に頼って自分で作ることをやらなくなったり、自分のアウトプットや入出力手段をインターネット上に共有しなくなると、AIが学習する元のソースがなくなってAIの世界が枯れてしまう。いずれはAIが身体を持って自律的に情報収集することもあるかもしれませんが、AIやロボットが入れない場所、そしてコミュニケーションやエンタメのような人間の深い身体感覚を伴ったり感情が影響する分野は、AIも人間による身体知の翻訳や協力が不可欠です。だからこそ、人間が良い情報や現場感覚を拾い上げて放流し直すキュレーターとしての役割が、これからはさらに大事になってくると考えています。
ものと対話し、新しいものを生み出し続け、人々と楽しく会話・活動する。ものづくり活動、コミュニティ活動はAI時代にも必須な活動だと思います。「巨人の肩に乗る」というニュートンの言葉がありますが、自分の中では、巨人は大勢いて肩を組みあっていて、その上に乗る人々もたくさんいて、AIやロボットとも肩を組みあって活動しているイメージです。
いずれにしても、「自分たちが良い思いをしたら、価値を乗せて未来に預ける」というペイ・フォワード(Pay it forward)の態度でものを作っていかないと、未来は枯渇してしまいます。それを一人でやるのは大変なことですが、コミュニティで互いに励まし、推し合い、刺激し合えば持続可能になる。そして環境問題や社会問題も、ものづくりが平和的な解決策の一助になれるのではないか。そう信じています。将来を楽しめる環境を守るために、価値を受け渡していく。その連鎖の中にこそ、私たちが目指す未来があると思っています。
