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科学とデザインにおける越境

筧:では、続きまして基調講演の二つ目です。次は東京大学特別教授の山中俊治先生にご講演いただきます。山中先生は2013年から東京大学の教授を務めてこられました。2023年からは東京大学の特別教授を務められています。皆さんもご存知の通り幅広い工業製品をデザインされ、プロトタイプの製作や様々な科学技術の研究にも深く関わられておられます。グッドデザイン金賞、ニューヨークMoMA永久所蔵品選定など様々な受賞もされています。今回は越境的なデザインを先導されてきた山中先生にも本講座においても様々な示唆をいただきたいと思い、講演いただくことなりました。山中先生よろしくお願いします。

山中:皆さんこんにちは。1990年代に初めて北野さんと同じ場所で登壇したことがあったんですよ。そのときにやはり北野さんが先に喋ってるのを聞きながら、本当にすごい情報量を立板の水のように喋る様子を見ていて、僕には無理だなと。だから僕はゆっくり喋ることにしようと思ったことを思い出しました(笑)。

今日は「科学とデザインの実験室から」というタイトルで、僕が作ってきたものを紹介していこうと思います。科学者とデザイナー、僕は両方に足を突っ込んでいます。一番難しいのは、両者の間には高い塀があって、どっちからも相手が見えないことなんですよね。唯一両方を見渡せる方法があって、それは塀の上に立つこと。ずっとそういうふうにしてきたなと思いながら、ちょっと振り返ってみます。

これは、10年ぐらい前に僕が描いた漫画なんですけど、学生の頃、機械工学を学びながら漫画家になりたいと思っていました。コミケにも出品したことがあり、当時は漫画ばかり描いてました。夢が叶い、10年前に講談社から全8ページのこの漫画を載せてもらい、原稿料をもらったので、僕は漫画家なんです(笑)。JAXAとの共同研究で宇宙機をデザインしてるときにそのミッションを漫画にしませんかと言われて描いたものなんですけどね。

考えてみれば最初から、漫画を描きながら工学部で機械工学を学んでいて、両方を活かせる仕事ないんだろうかなと思い、ウロウロしてた頃に、工業デザインという仕事があることを知りました。そこでいろんなデザイナーに会ってみようとやってるうちに、日産自動車がデザイナーとして採用してくれて、カーデザイナーとしてキャリアをスタートしました。

そういう意味では初めから越境的に生きてるんです。日産ではインフィニティQ45という車をデザインしました。それからフリーランスのデザイナーとして、カメラであるとか、鉄道車両とか、家具とか。何をデザインするときも先に絵を描来ます。次の商品という未来を描くことになるので非常に大事なことだなと思っているんです。実はさっき北野さんが紹介してくれたはこだて未来大学、壁全部取り払って広くしましたって紹介してくれたあの空間にずらっと並んでた家具は僕のデザインなんです。もしかしたら北野さん気がついてなかったかもしれないんですけど(笑)。

Suicaなど皆さんがよく使うICカード自動改札機のカードを当てる面が手前に13.5度傾いているのを気がつかれましたか。それは全国共通の角度なんですけど、実は僕が30年ほど前に決めたものなんです。1990年代、また当時はICカードを使ったことがある人なんていなかったので、実験してみると全然うまくいかなかった。でも色々試しているうちに、ちょっと自分の方向いてる光る面があると、みんな誘われるようにカードを当ててくれることを発見したんです。今ではみんなあたりまえのように使ってくれてるので、僕のデザインの中では一番ユーザーが多いものかもしれません。

イッセイミヤケの腕時計だとか、いろんな携帯電話、キッチンツールなんかもデザインしました。大根おろしでグッドデザイン賞の金賞をもらったりもしたことがあります。最近のものとしては、パナソニックのロボット掃除機とか、電気自動車の急速充電器とか。そうそうソニーの仕事もちゃんとしてますよ。

今日はwena wristというソニーのスマートウォッチをつけてきました。時計盤の方がアナログな腕時計になっていて、リストの方にはデジタルのインターフェイス画面があり、その両方をデザインしてます。

3月29日から21_21 DESIGN SIGHTで僕のディレクションで開催される「未来のかけら」という展覧会が開催されます。その副タイトル「科学とデザインの実験室」を今日の基調講演のタイトルにしました。宣伝がてらでもあるんですけど、実際この展覧会の基本テーマはまさに「越境」になっているので、今日お話にちょうどいいんじゃないかなと思っています。

これは、その展覧会のディレクターズメッセージなんですけど、科学とデザインってすごく密接に関わって社会を発展させてきたんだけど、両者の間には高い壁もあるよね、みたいなことをここに書いてあります。

ここに私が1998年に書いた、『フューチャースタイル』という本があります。フリーランスデザイナーとしての活動の合間に、1991年から3年間だけ今でいう特任准教授として東京大学にいました。そこでいろんな研究者の仕事を見てて、最先端の技術にとてもワクワクしたんです。そこで、自分がワクワクした研究の内容を、短い文章に「これを使うとこんな未来がくるかもよ」という絵を添えて紹介する連載を『AXIS』という雑誌に持つことにしたんです。隔月で2年ぐらい続いたかな。それをまとめたのがこの本なんです。

当時、研究者の間では「マイクロマシン」という言葉が大流行していました。すごく小さなロボットの群がいろんなことをしてくれる未来を夢見ている研究者がたくさんいて、それにインスパイアされて描いたのがこの絵ですね。研究された微細加工技術は様々な分野で応用されましたが、残念ながらこんな未来未来には全然なっていないです。

これは宇宙ステーションで使う家具の絵です。宇宙機や人工衛星の姿勢制御を研究している研究者の話を聞きながら、そういう技術を応用して、微小重力の元で空中に静止したり姿勢変えたりする家具を書いたものです。国際宇宙ステーション計画が始まる5年ぐらい前のものです。

あと、生物とメカニクスの融合を考えている研究者もいて(当時はハードウェアに対してウェットウェアと呼ばれていた)、培養した生物の筋肉をアクチュエータとして使う未来を思い描きました。実はこうした研究は今でも進んでいて、東京大学の竹内昌治先生が、実際に細胞培養された筋肉で動くロボットを最近発表したばかりだったりします。いよいよこの夢は本当にそうなりそうです。

こちらの絵は、境界層という表面近くの流れを細かい毛を使って制御すると抵抗を減らすことができるという当時の最新の流体力学の研究を元に描いてみた、毛がはえた翼です。この研究の成果は航空機には使われていませんが、船の外板や競泳用水着とかで、実用化されていますね。

これは、当時の最新のタービンブレードが内部に流路を持つようになったことを受けてその未来を描いたものです。当時は放電加工で作れるまっすぐな流路が通っているだけだったけど、将来自由に内部を造形できる時代が来たら、熱伝導と流体効率に配慮した複雑な内部構造をもつものになるんじゃないか、それはもしかしたら血管のようなしなやかな構造にになるんじゃないかって想像しながら描いた絵です。実は30年以上前にこれ描いた僕自身をちょっと褒めてあげたいと思っているんですが、現在はほとんどこうなりつつあります。近年、熱流体の流路に最新のトポロジー最適化の技術を使うことによって内部構造が有機的な構造をもつ高機能部品が開発されつつあります。今急速にいろんなところで実用化し始めているので、多分もう間もなく本当にこうなります。

これもカメラとロボットハンドを使い手術をする未来というのを研究している人たちがいて、未来の手術の光景はこうなるんじゃないのと描いたものです。最近の手術支援ロボット「ダヴィンチ」などを使った低侵襲のハイテク手術において、執刀医が眺めている画面を見ると、ほとんどこれですよね。これも「当たり」です

こんな風に私が描いた未来は当たったり当たらなかったりなんですけど、そんなことをやってるうちに、研究者と本格的に協業するようになってきます。以前は、絵に描いた餅だったんですが、2000年ごろから私の制作物に「プロトタイプ」が登場するようになりました。

Cyclops

そこの出身者の2人の若者と出会ったことで、新しいものが作れるようになりました。

これは、初めて僕が作ってみたロボットですね。稲葉先生が主催する「情報システム工学研究室」というロボット最先端研究で有名な研究室が東大にあります。そこの「背骨を持つロボットの研究」をベースにデザインしたものです。

ちょうどそのころに田川欣哉くん本間淳くんという、二人の機械工学科の学生と出会いました。二人の協力を得てこのロボットが作られました。

田川くんは今では、Takramという50人ぐらいの社員がいる日本でも最大級のデザイン事務所のボスですけども、当時は僕のスタッフとしてこれを制作しました。

このロボットは、日本科学未来館のオープニングイベントのために作ったロボットでもありました。北野先生もちょうどそれを企画されていて…同世代だからいろんなとこで絡むんです。このロボットは何もしないで突っ立っているロボットです。人が来るとゆらりとそっちを向き、その人が動くと目で追う、それだけのロボット(Cyclops)。当時アシモなどが世に出たばかりで、さまざまなロボットが人の前で歩くとかダンスするショーが大流行でした。そんな風潮だからこそ、逆にじっと見るっていうロボットがあっても面白いんじゃないかと思い、つくったものです。

Morph

Cyclopsを見た北野さんから声かけてもらい、古田貴之さんという研究者に会わせてくれて始まったのが、このMorph 3。Morph 1 & 2は、「ERATO北野共生システムプロジェクト」の中で、古田さんが僕と出会う前に作っていたものです。その研究の3号機として古田さんと一緒に、モーターやワイヤリングと機械構造とかみんなちゃんとデザインするというやり方で作ったのがMorph 3。さっき北野さんが僕のことを「もう細部までこの人とことんやるんだよね」と言っていたと思いますが、まさにその言葉どおりの写真ですね。

Hallucigenia Project

これは、その後、古田さんと一緒に、未来の自動車ってこうなるんじゃないのか、各車輪にモーター入ったら車輪いくつでもいいよね、そんなクルマがあってもいいんじゃないか、というアイデアで作ったものです。

Ridroid CanguRo

古田くんと最近つくったのはこのバイクですね。自動運転もするし、人と一体になって走ることもできるバイク。古田さんと仕事をしていて思ったのは、科学者の言葉とアーティストの言葉は、すごく違うなと。その言葉をすりあわせることから始めないといけない。少しずつ、わかり合えるんだけど、根本的にはサイエンティストが持っているある種の真理の探究は人類共有の客観性を持った知識だけれど、アーティストが持ってるのは、みんなが共感できる、むしろ主観の共有がベースになっているので、そう簡単には融合しない。しかし、いろいろ話し合ってるうちに一つの価値を見出すことができる瞬間が訪れる。

RULO MC-RSF1000

この掃除機は古田貴之さんのSLAMやAIの技術と僕のデザインの融合でできたもの。ブルーのものがプロトタイプで、白いのが製品。2020年にパナソニックからRULOとして発売されました。たまに実現します。初めから企業が作るぞっていう気持ちで企画したものに協力していくっていう形で参加したものは割と製品化されるんですけど、科学者とデザイナーが2人で「こんなもんあるといいよね」からスタートし他ものが実際の製品になることは滅多にないんですけど、でも時々あるんです。

Ready to Crawl

2013年に東京大学に来て、新野俊樹さんという付加造形の研究者と、3Dプリンターの可能性を一緒に考えてみようということになりました。一時期、3Dプリンターがすごく流行って、その流行が収束し始め「3Dプリンターって案外何も作れないよね」とみんなが思っていた頃です。でも「3Dプリンターでしかできないことがあるよね、それ探してみようよ」と、いろんな実験をしました。これらは手触りをコントロールする目的で作ったプロトタイプです。手触りって一般的にはマテリアルに所属するものなんですが、3Dプリンターで微細構造を作っていくと途中でかくんとバネ性が変わるとか、押した方向と違う方向に伸びるとか、いろんな不思議な特性を持たせられる。そういう何か新しい手触りというのを探っていくということを繰り返していました。

それを探ってるうちに、このぐにゃぐにゃしたものを動かしてみたいよねっていうので、杉原寛くんという修士の学生が作ってたのがこの「Ready to Crawl」です。

3Dプリンタってなかなか動く構造に使えないんです。精度が悪いので、従来からあるメカニズム、例えばギヤとかリンクとかを作ってみても切削加工の精密機能部品の性能に及ばない。

そこで彼はむしろルーズな構造のままで一体で動くものというのを考えた。映像を見ても分かるように、3Dプリンタでこのまんまの形ででてきて、アセンブリーなし。そこにモーターを差し込んで電力を送ると歩き始める。この背骨に当たる構造が「3Dカム」とよばれる構造ですが、足の動きをルーズなままにきざみつけています。ある意味とても雑なテクノロジーだけど、生物的な滑らかさは実現している。、考えてみたら私たちの体って案外ルーズですよね。でも滑らかに動く。3Dプリンタを使ってそういうロボットのシリーズを作っています。彼は今も博士課程に進学して、いろんなものをつくっています。

Rami

こちらは新野先生と一緒に作った義足ですね。3Dプリンターっていうのは1人1人の身体に適合するデザインを実現するにはとても使いやすいものです。この研究では義足の作り方をデジタル化するところから始めました。3Dプリンターをうまく活かすためにはCADが重要なんですけど、ソフトウェアメーカーと一緒に、義肢装具士が使えるCADシステムを作ることから始めて、3Dプリンターで作る義足ソケットを実用化しました。当初は高桑早生さんというパラリンピックアスリートのためだけに作ったものだったんですが、現在では2人目3人目と同じプロセスで作ることができています。デジタル技術で義足を作ったからといって熟練の義肢装具士の手作りも必ずしも性能が上がるわけじゃない。でも仕事の履歴は確実にチェックできるわけですね。つまり、前作ったものと丁寧な比較ができるわけです。それまででも義足っていうのは一つ一つ手で作っていたので、以前のものよりもいいのか悪いのか履いてみなきゃわかんないという状況だったんですけど、確実に進歩させられるんですね。作るたびに良くなっていくということが検証できるようになったので、義肢装具士さんたちにはかなり喜ばれるものになりました。

Ready to Fly

科学者たちと遊ぶこともよくあります。折りたたみ工学の斉藤一哉先生は、カブトムシの羽根が一自由度折りになってるということを、理論化して発表した先生です。その研究成果を使うとカブトムシの羽を再設計できる。再設計したのカブトムシの羽を展示物として作ってみようと思ったのが、この『レディ・トゥ・フライ』というプロジェクトです。

僕は、アート系のクリエイターとして振る舞うときと、サイエンティストとして振る舞うときというのを、実は使い分けています。これは簡単に混ざらない。主観的にイメージしたもの、「これかっこいいでしょ」あるいは「わくわくしませんか」という感覚的なものを表現して、共感を通じて広めていくのがアート系のクリエイターですよね。サイエンティストはそれがいかに価値があるか、少なくとも工学系の人たちはその価値と新規性と、それから社会的インパクトを事前にきちんと論じるわけです。「こういう価値があり、こういうものだから、こういうことを研究をやるべきである」とていうことも言う。アーティストに「それ何のためにやってるんですか」と聞いても答えない。たまに好きだからやってると答える人もいますけど、ほとんどの人は「見りゃわかるでしょう」としか言わない。このようにアプローチからして違いがあるので、それを混ぜちゃうと濁ってしまう。でも、やっぱりね、1人の人間の中に同居しないとできないことが確実に存在している。

越境というと一般的には、これはサイエンティストとアーティストのコラボレーションという形で行われるんですけど、本質的にはその両方を持っている人間じゃないと作れないものがあると僕は思っています。そういう意味で、うちの研究室にもアーティストも来るしエンジニアも来るんだけど、エンジニアには「お前が本当にそれ作りたいのか?胸に当てて考えてみな」と言い、アーティストには「それはどんな価値があるのと、ちゃんと説明しろ」と言います。そうやって何とか越境できる、その壁を超えられる人間を育てたいと思っています。

自在肢

稲見昌彦さんという、身体拡張を研究している先生がいます。東京大学の中でも有名教授の1人ですけど、その先生の研究でロボットアームを使って第3第4の手を作るというものがある。元々は人間の身体感覚がどう変化していくかという研究だったんですけど、ある時、散歩をしながら一緒にやってみようかという話になった。そうしてできたのがこの「自在肢」です。

これはいろんな海外展示にも呼ばれましたし、映像も公開されているので、もしかしたらこの中にも映像を見たことがある人がいるかもしれません。さっき渡邉先生が「かっこいいって大事だよね」という話があったけど、やってみるとインパクトがだいぶ違いますよね。

未来のかけら展

今見せたもののほとんどが「未来のかけら展」に展示されます。でもそれだけだと僕の個展になっちゃうので、いろんなアーティストに「こんなサイエンティストと一緒に研究して作ってみませんか?」と声掛けをしました。例えばイッセイミヤケのデザイナーの人と、ネイチャーアーキテクツという東大発のベンチャーの事業、構造設計科のベンチャー企業等のコラボレーションで新しい服を作っていて発表します。他にも折り紙工学の舘知広先生と荒巻遥さんというアーティストの作った新作の動く彫刻、稲見先生と遠藤麻衣子さんという映画監督が作る不思議な身体感覚を表現した映画、ニューロンの研究者である池内与志穂先生と東大のマイルスペニントンの研究室で作っている、人の脳細胞とダイレクトに会話するための装置などを展示しています。それから、郡司芽久さんという解剖学者で「キリンの学者」として最近話題になっている研究者とnomenaさんというデザインエンジニアの会社(例えばオリンピックの聖火台を設計した人たち)とが一組になって、新しい体験ができる骨格模型なんかも展示されます。また、僕の研究室の助手だった村松くんとデザイナーになった村松くんのコラボレーション、同じ人物じゃねえか(笑)、先ほど紹介した千葉工大の古田さんたちと作ったロボットも勢ぞろいしますし、エレメントギャラリーというバーチャルギャラリーで新しいロボット映像も展示します。

基本的には未来のかけらっていうタイトルに込めたのは本当にサイエンティストとデザイナー、アーティスト、クリエイターが直接にコラボレーションしたものは、そう簡単に実現はしないし、検討外れもたくさんあるんだけど、でも未来のかけらとは呼べるよね、それ繋ぎ合わせて未来を一緒に見てみませんか。という展覧会です。