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xlabで生まれたこの作品は、物理世界の現象を、計算によって制御したものです。

見た目には奇妙で不思議ですが、この現象自体は、とくに珍しいものではありません。お風呂でもどこでも、自然に生まれているものです。水の上から水滴をそっと注ぐと、水中に泡が生まれます。この泡は、水滴が空気の薄い膜に包まれてできる泡であり、シャボン玉などの泡とは逆の構造をしています。この現象は「アンチバブル」と呼ばれます。

人工的に制御し、小さな水槽に閉じ込めてしまうことで、アンチバブルは物理世界で偶然に生じるときとは異なる表情を見せます。泡が生まれ、形を変えながら、消失していく。その過程は、作り出すことと同時に失われていくこと、その絶妙なバランスの中で成り立っています。これは、自然と人間の関わり方の縮図なのかもしれません。

コンピューティングによって、現実世界の物質の形や色、大きさ、触感、香りを自在に変え、まったく新しいユーザエクスペリエンスをデザインする。そのコンセプトを私は「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」と名づけました。

私は大学の頃は工学部電子情報工学科に所属し、情報関連の分野を学んでいました。プロジェクションマッピングや画像処理、VR(Virtual Reality)の研究に取り組み、人の行動や振る舞いを映像で拡張する研究をしていました。その後、テクノロジーを活用し、現実世界の物質を拡張する、ということに関心を持ちました。パソコンやスマートフォンのディスプレイの中のデジタル空間では、私たちの想像を遥かに超えた、さまざまな表現が可能です。こうした表現が、現実世界に出てきたら? そんな表現はつくることができるのか? 

そうして構想したものが、現在マテリアル・エクスペリエンス・デザインとして方法論化を続けているものです。物理環境における物質(マテリアル)とコンピューティングをかけ合わせ、メディアとして利用することで、新しい情報の表現や、相互作用(インタラクション)をデザインの方法によって実現するというコンセプトです。

デザインは見た目を整えることではありません。特定の目的を果たすために、従来は考えられてこなかったやり方で異分野をつなぐことができる方法論なのです。

その後、縁あって東京大学大学院学際情報学府で研究室を持つことになりました。私の研究室「xlab」は、アートと理工の顔を併せ持つラボになりました。美術大学・芸術大学出身者と理工学系の出身者が「既存の枠組みではとらえきれない何か」を探求し続けています。その風景は、いわば「越境者が集まるラボ」です。

メンバーの半分は美大・芸大、もう半分は理工系の大学の出身です。たとえば画家として活動してきた人は、絵画のマテリアル、つまりキャンバスをデジタルファブリケーションによってつくり、新しい表現を探求しています。私のように工学から出発し、情報技術や建築などを通じて表現の領域を広げようとする人もいます。異なるバックグラウンドを持つ人たちが、既存の分野に留まっていては手に負えない問題意識を持ち、自分だけの探求をしに、このラボに集まってくるのです。そしてみな、共通して批評的で、創造的で、そして協調性を持って新しいものを生み出すことができる。少なくともそうしたトレーニングを、このラボでは積み重ねています。

研究のアウトプットも多岐に渡ります。探求の中で見つかった技術を工学における論文としてまとめることもできますし、アート作品をつくり、オーストリア・リンツで毎年開催される、世界的なメディアアートの祭典である「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」で作品を発表する人もいます。

xlabで実際に制作された作品『Efficiency of Mutualism』。アルスエレクトロニカでの受賞歴のほか、国内外で多数の展示を行ってきたアーティストとしても活動する滝戸ドリタがxlabでの研究として取り組む。同作品は、植物と共生する微生物、光合成、そして水の電気分解による複数の発電の仕組みを通し、人と自然の関わり方を再考する。

私のラボに集まる人々が繰り広げる越境的な活動は、何より私自身にとって非常に興味深いものです。何よりも彼ら彼女らは創造性や協調性だけではなく、批評性を持って社会と関わり、新しいものや考え方を次々と生み出していく。このような活動を、さらには思想を、もっと多様な人を巻き込んで実現できないだろうか? 私はずっと考えていました。

そして、その思いを様々な人々に話し始めたところ、東京大学の産学連携に関わる方々、ソニーの方々と意見を交わす機会がありました。するとソニーも、創造性や協調性だけにとどまらず、批評性を持って変革を起こす人材を求めているというのです。私たちのラボで感じた新しさは、ソニーのような大企業にとっても新しいものだったのです。こうした気づきや議論が契機となり、「越境的未来共創社会連携講座」(通称:Creative Futurists Initiative)の構想が生まれたのです。

ソニーは、人文社会学者を採用するなど、企業として批評性を持つ風土の醸成に向けて、様々な取り組みを行っている企業の一つです。そして、社内の人々がいかにアートのマインドを持ち、「次に作るべきもの」を定義できるかということにも目を向けています。現代においては、人とコンピュータの関係性の構築も、単に便利にするだけでは不十分です。人と環境、人と自然、そして自然そのものについて深く問い、理解するためにテクノロジーを使うという新しい関心が広がっているのです。そしてその関心は、アーティストが長らく持ってきた批評性そのものです。

また、越境的未来共創社会連携講座は、大学と課題を共有したことで実現しています。大学は、各学部や研究室が独立して専門性を追求する傾向があり、横断的な連携が不足しています。そのため最近では文理融合や社会連携、学部間連携を積極的に進めるための取り組みが行われ、多くの予算がそれらの連携に充てるなどの試みが行われています。しかし、本質的に分野を超えたコラボレーションが実現しているかというと、依然として難しい状況です。

その状況下で、越境的未来共創社会連携講座でも探求する、デザインの考え方が新たな教育体制を作り出す可能性があるのです。デザインを表層的な造形ではなく、問題を発見し、さまざまな知見を統合し、人間への理解を重ね合わせながらまとめるプロセスとして捉えていくことで、分野を横断する新たな学術的アプローチとなるのです。

越境的未来共創社会連携講座の具体的な取り組みにおいて、ひとつの核を成しているものが、田中東子さんとの共同実践研究「テックバイアス」です。田中さんはジェンダーとフェミニズムに高い専門性を持つ社会学者です。その専門性を活かし、テクノロジーがもたらすバイアスの一つとしてジェンダーを捉える研究を「テックバイアス」と名づけました。

テックバイアスでは、人文社会学的なアプローチとして、書籍の読解から始めています。例えば、実際のラボで、科学的事実はいかにして形成されていくかを、思想家・社会学者がエスノグラフィーによって描いた名著、ブリュノ・ラトゥールの『ラボラトリー・ライフ―科学的事実の構築』を読み、技術開発や科学の現場に潜む様々なバイアスを人類学的な視点から捉え直す試みを進めています。また、障がいがあること、高齢であることなどによって、商品やサービスの利用に制約を持つ人々をより包摂的に取り込むためのデザイン「インクルーシブデザイン」について議論を深めています。当事者性や他者性、インクルーシブであることの意味について考察するとともに、現場に多様な視点をどのように取り入れることができるか、議論と実践を進めています。

これらに加え、越境的未来共創社会連携講座において探索されたテーマから、ソニーとの具体的な共同研究を推進していく取り組みも進めます。私たちが目指している共同研究は、単なる問題解決だけでなく、問題の本質を捉え、その理解や対応を社会的に広げる取り組みです。

共同研究では、プロダクトのプロトタイプや企画、リサーチのプロセス自体を作品として展示することを想定しています。既存のプロダクトに対する批評的な態度を示し、新たな可能性のある提案を社会に向けて提示するのです。その中で、具体的なデバイスが生まれることもあるかもしれません。私たちが考えているアイデアを結晶化し、外部に発信し、フィードバックを得ながら、次のステップに進むプロセスを実践していきたいと考えています。

現在は、東京大学構内のほか、ソニーの施設内でも展示の機会を設け、社員からのフィードバックをもらう予定です。さらに、広く一般の人々にアクセスできる場で展示を行うことも考えています

越境的未来共創社会連携講座の期間は3年間です。毎年、新しいテーマを少なくとも1つ立ち上げ、それを基にコラボレーティブなプロジェクトを展開し、共同研究や作品制作に発展させていく予定です。毎年、新たな共同研究のテーマが次々に立ち上がることを期待しています。

越境的未来共創社会連携講座は、批評性をもって次につくるものを考え、実際につくり、社会に提示するために集まった越境者たちによるラボなのです。

筧 康明(大学院情報学環教授)

京都生まれ。2002年東京大学工学部電子情報工学科卒業。2004年東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。2007年同博士課程修了。博士(学際情報学)。JSTさきがけ研究員、慶應義塾大学環境情報学部専任講師、准教授、MITメディアラボ客員准教授等を経て、2018年より東京大学大学院情報学環准教授、2022年より教授、現在に至る。情報学環・学際情報学府先端表現情報学コース長を務める。

物理素材特性とデジタル技術を掛け合わせたインタラクティブメディア研究を推進する。活動は工学・アート・デザインの分野を越境し、SIGGRAPH、Ars Electronica Festival、ICCなどでの作品展示や、STARTS PRIZE 2022 Honorable Mention、第23回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞、平成26年度科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞、2012年グッドデザイン賞BEST100など受賞多数。

https://xlab.iii.u-tokyo.ac.jp

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