批判、創造、そして共創する「Creative Futurists」がここで生まれる|筧康明
文理融合の研究と、アートやデザインなどの表現を実践する大学院、情報学環を中心とする東京大学、および「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」を存在意義に掲げるソニーグループが連携し「越境的未来共創社会連携講座」(通称: Creative Futurists Initiative)をスタートさせました。同講座は社会を批判的に読み解き、アートとデザイン、そして工学のアプローチによって問題提起・課題解決を行う人材を育成することを目的としています。
2024年2月22日(木) に東京大学情報学環・福武ホールで開催された同講座の設立記念シンポジウムで、筧康明(東京大学 大学院情報学環教授)が講座概要の紹介を話しました。
(※) 記事中の所属・役職等は取材当時のもの
TEXT: Akihiko Mori
PHOTOGRAPH: Timothée Lambrecq
PRODUCTION: VOLOCITEE Inc.
最初に私の方から、この社会連携講座について概要をお話したいと思います。
若干の教員とソニーのメンバーによってどんなコラボレーションが可能かというディスカッションから始めさせていただきたいと思います。今日はキックオフなので、何かここで成果として出せるものはないのですが、どんな人たちが関わるのか、どんなことに関心があるかを共有することで、ここに集まってる皆さんと一緒に活動していく種を見つけたいと思っています。

越境的未来共創社会連携講座、Transboundary Co-creation for Futures (通称:Creative Futurists Initiative)という正式名称でこの社会連携講座を立ち上げました。立ち上げ自体は昨年末です。2027年の3月までを区切りとする、約3年間、活動をしていきます。設置は情報学環の中であり、ソニーグループ株式会社と連携します。
XLabの取り組み
担当教員については、情報学環の中で運営を担当するのは筧と苗村健先生と田中東子先生。情報学環・学際情報学府を中心として学内の教員、リサーチャー、学生の皆さんも含めて、あるいは学外の様々な方々を巻き込んで、これから活動していければと思っています。

私の自己紹介ですが、学際情報学府の出身で、2007年に博士号を取得しました。バックグラウンドはメディア工学です。インターフェース技術を中心としたメディア工学をバックグラウンドとしており、大学院で学ぶ過程で、アートやデザインと出会い、今は工学をベースにインタラクションデザインやメディアアートなどの領域を横断する活動をしています。

その後、慶應義塾大学SFCやMITメディアラボなど様々な学際機関の中で活動してきました。いわゆる学際ネイティブとしてキャリアを積んできました。2018年から情報学環に赴任し、研究室を立ち上げました。研究室は、現在半分は工学がメインになるので、工学系から学生たちが来てくれています。残りの半分は芸大や美大を経由し、現代美術やメディア等、様々なデザインを学んだ人たちがさらにここで、融合領域を学んでいるという状況です。
(研究室の雰囲気は)エンジニアがたくさんいる中に少しアーティストがいるという状況でもなく、アーティストやデザイナーの中にエンジニアが助けに入ってきている感じでもなく、本当に同じぐらいの比率で共存しています。男女比もちょうど中間ぐらいで、入り混じっているという、面白い状況が起こっています。



研究室の活動は、インタラクションデザイン、あるいはインターフェース技術が軸となり、特に画面の外にデジタル技術をどのように持ち出せるかというところで、物質の特性に注目しています。例えば機能性を有する素材を使った、柔らかいセンサーやアクチュエーターの研究があります。また、物質を駆動することによってできるフィジカルなディスプレイや、デジタルファブリケーションを通したインタラクティブなものの作り方の研究を進めています。
アーティスト、デザイナーなど多様な視点と共に研究を進める中で、技術の新規性のみを追うのではなく、技術と社会環境あるいは人間との関係を問うことも重要視しています。問いの探求と共に、次に何を作るのか。なぜそれを作るのかということを考える必要があります。ここから、外部とのコラボレーションを含めて、越境的に取り組んできた最近の事例をいくつか紹介します。


まず、人間と自然環境との間を取り持つようなメディアテクノロジーをコンセプトに、植物や微生物等のリビング・マテリアル(生きた素材)を介したインスタレーション作品やインタフェース研究を近年多く発表しています。工学のみならず、生物学や環境学、また芸術・哲学等の領域を横断するアプローチが求められます。

これはAmbient Weavingというプロジェクトで、先端技術との掛け合わせの中で伝統工芸の価値を改めて捉え、新たに提示することに挑戦しています。京都の西陣織を製造する株式会社細尾、そして株式会社ZOZO NEXTとの共同研究で進めるプロジェクトです。西陣織の伝統的な技や素材を生かしながら、材料工学やインタラクションデザインの知見を加えて、新しい機能と美しさを備えるテキスタイルを制作・発表しています。

そしてこれはソニーパークでの展示でソニーにもお世話になったプロジェクトですが、Audio Game Centerという障害を起点に新たなエンタテインメントや体験創出に関わってきました。視覚障害の方を中心に遊ばれているオーディオゲームというジャンルがあるのですが、オーディオゲーム開発者と共に僕らが身体性や空間性を有するフィジカルインターフェースを作ることによって、目が見えても見えなくても、ともにゲームを作って遊べる新しいフィールド創出を目的として活動しています。
越境的未来共創社会連携講座設立の経緯と目標

これらの取り組みの中で、活動を研究室に閉じるだけではなく、いかに社会と繋げるかというモチベーションが高まっていました。キュリオシティ(好奇心)から生まれた研究(成果)を社会とつなぐ、あるいは社会的なイシューを見据えて研究を推進するということを、うまく循環させるようなアプローチを、多様な専門家の方々を巻き込みながら展開できればと考えていました。そんな背景のもと、運良くソニーグループの皆様にご相談する機会を得て、そこから1年以上にわたる議論を積み重ねてきて、本講座の設立に至っています。

後ほど、山中俊治先生にもお話いただけると思っていますが、科学者と芸術家は異なる視点や技能を持っています。一方で多くの共通点があることも確かです。これは寺田寅彦の言葉ですが、科学者も芸術家も観察力が必要なことはもちろんですが、それと同じように想像力が必要であるということを言っています。
異なるバックグラウンドで異なる関心を持っているといっても、やはり彼ら彼女たちの間には共通する要素がある。そして、別々に活動していてもいいけれど、一緒にいるとより良いことが起こるのではないか、ということを彼(寺田)自身も述べております。
今回、キーワードとして技術、デザイン、そして社会という三つのキーワードを架橋するような新しい取り組みをこの講座の中で作っていきたいと思っています。情報学環の中にも理工系の研究者、そしてアートやデザインを志向する研究者や研究室、そして人文社会学を含めた社会学、つまり社会の問題を分析して、あぶり出すような研究者がいます。それぞれは専門的に進めているけれど、情報学環であったとしてもなかなかこれを繋げることは難しい。

そこで何か共通の問題意識や問題設定、そして場を設けることによって、新しいつながりを作っていきたいと思っています。ここで育てたいのが、クリエイティブフューチャーリスト、越境的未来共創者と呼ぶ人材です。

集団として、あるいは多様性としてのクリエイティブフューチャーリスツを育てたいというのがモチベーションです。その中では、クリティカル、クリエイティブ、コラボレーティブという3つのキーワードを求めたいと思っています。一つは問題を学際的批評的視点を持って問い、抽出する力です。もちろん工学にもありますが、人文社会学の視点を持つことによって、より深まっていくのではないかと思っています。

そしてクリエイティブの新たな問いを解決する手段として、あるいは共有する手段として先端的なメディア技術を駆使した提案・実装です。実装というのはとても大事だと思うんです。実証にとどまらず実装まで持っていくっていうところ、そして、コラボレイティブ、専門性を超えたコラボレーションを通して、越境的集合的思考、コレクティブクリエイティビティというキーワードを(住山アランさんから)いただきましたけれども、そこを追っていきたいと思っています。
越境的未来共創社会連携講座の活動について

既に本講座は活動を開始しています。講座には教育的側面と研究的側面がありますが、今は地続きに考えています。まずは広く、東大の皆さんとソニーの皆さんと、こうした問題意識を共有するためのレクチャーシリーズを立ち上げていきます。

東大の教員とソニーの専門家の皆さんにレクチャーいただくことと、外部からクリエイターやアーティスト、あるいは国際連携をし、ゲストレクチャーを行っていきたいと思っています。とくにサステナビリティや、イノベーション、創造性などのキーワードをもとにレクチャーシリーズをこれから展開していきます。
あとはワークショップです。アート思考、デザイン思考ということであったり、エンジニアのためのフィールドワーク、あるいは人文社会学者のためのクリエイションの講座等々、スキルセットや知識を交換する、実践的に交換していくような場を作っていくワークショップシリーズを展開していきます。

研究の方では、まず実践研究を行っていきたいと思っています。人文社会学、工学そしてアート&デザインのクリエイターが一緒になってチームを作り、ジェンダーバイアスや、障害、サステナビリティといった社会課題をテーマとして設定し、コラボレーションを展開していくような活動を行っていきます。
続いて、コラボレーションを活性化するための方法論です。考え方や方法論というのを提案、検証していくための方法論の研究というのも、並行して展開していきたいと思います。後ほど高木聡一郎先生にも少しお話をいただこうと思います。

実践研究として先駆けて立ち上げたのが、田中東子先生と進めるテクノロジーに関わるバイアスをテーマとしたプロジェクトです。ジェンダーや障害、いろんなマイノリティを含めたテクノロジーに関わるバイアスを明らかにし、そこに対してデザインや技術、そして問いを投げかけるような作品を作っていくプロジェクトを、まさにソニー・東大メンバーを交えて学際的な取り組みとして始めています。まだ結果は出ていませんが、後ほどもう少し田中先生にお話していただきます。

あとは、外部に発表し、展示を含めてやっていくことと、国際的なコラボレーションを今進めようと思っています。オーストリアにある世界最大のメディアアートの拠点、アルスエレクトロニカのFuture LabやUAL(ロンドン芸術大学)をはじめとする海外の芸大美大も含めてこのプロジェクトの中で交流をし、活動をご一緒できればと思っています。