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人文知とアート、工学のコラボレーションでバイアスを可視化する4つの挑戦:『TECH BIAS 2 ―分類されない「わたし」』展 プレゼンテーションレポート

【レポート前編】テクノロジーとバイアスを飼い慣らし、それらとともに生きる :『TECH BIAS―分類されない「わたし」』展レポート

筧 康明:越境的未来共創社会連携講座(CFI:Creative Futurists Initiative)は、共同研究かつ寄附講座として展開する社会連携講座です。共同研究を通して立ち上げた新しいテーマを発信しながら、それを担う人材を育成する教育と研究両方の側面を持った仕組みで運営しております。2023年の12月に発足し、2024年度から活動をスタートしました。2025年度が2年目となります。

本プロジェクトの特徴のひとつは、人文系の研究者の方や学生さんなど多くの方々が関わっていることです。クリティカルなマインドを持ちながら、その課題に対して実践的に踏み込むことができるクリエイティブアクションの実行力を身につけることを目標のひとつとしています。

一方で、東大の情報学環の学生および研究者やソニーグループの社員の方々など、多様な参加者によるコラボレーションが、もうひとつの大きな軸となると考えております。立場が異なり自分とは異なる考え方や物の見方をする人たちとともに、問題の解決や価値の創出に対峙していくことで、クリティカルであり、クリエイティブであり、コラボレーティブであることを探索的に実行することができるでしょう。

具体的な取り組みとしては、まずゲスト講師とともに対話やワークショップを行う「Creative Futurists Dialogues」を月に1回程度の頻度で行っております。

【アーカイブ】Creative Futurists Dialogues越境的未来共創を拓く実践者とCFI参加者との対話の場

もう少し長期的かつ深い実践研究としては、まだ誰もが明確な答えを持たないけれど重要と思われるテーマを設定し、それらに対してチームで考えていくプロジェクトも行っております。そのひとつが「Tech Bias」というテーマのプロジェクトです。

Tech Biasの成果発表展では、昨年2024年度も「テクノロジーはバイアスを解決できるのか?」というサブタイトルで実施しました。これはさまざまな技術やプロダクトに潜むジェンダーや障がいなどに対するバイアスに焦点を当てながら議論を引き起こすデザインを考えたり、またそうした課題の解決に対してテクノロジーがどのように貢献し得るのかを実践を通して探究しました。昨年は4つのグループが5つの成果を出しつつ、アートピースやソニーのプロダクトによる展示を行いました。

【参考記事】:潜在的なテクノロジー×バイアスの自覚から次の探求へのバトンをつなぐ|『TECH BIAS -テクノロジーはバイアスを解決できるのか?』トークイベント:第1部レポート

その後、オーストリアのリンツを拠点にしている国際的アート機関 Ars ElectronicaのFuturelabとの協働を始め、彼らともTECH BIASというテーマでワークショップを行いました。そこでは、音など人間が持つよりプリミティブな感覚をふくめたいくつかのテーマを設定したうえで、テクノロジーとバイアスの問題をアーティスティックなアプローチで考えていくワークショップを行いました。昨年の成果は、今年オーストリアのリンツで開催されたArs Electronica Festival 2025で連携展示を行いました。

さて、ここまで私たちの取り組みをご紹介しましたが、本日皆さんにご紹介しつつ対話していきたいと考えているのが、この2回目の『TECH BIAS 2—分類されない「わたし」』というプロジェクトでの取り組みです。本シリーズで特徴的なのは、ショーケースと呼ばれる作品の制作と展示をプロジェクトのゴールに設定していることです。

※プロジェクトの進行のプロセスについては前編の「プロジェクトの進め方」をご参照ください。

本日は、4つのグループが成果として制作した4つの作品についてプレゼンテーションを行います。それらへのフィードバックをいただきつつ、対話ができればと考えております。ゲストにアーティストで慶應義塾大学 マルチディシプリナリ・デザイン科学専修で准教授をされている長谷川愛さんにお越しいただいております。バイアスというテーマでご意見を伺いつつ対話をしたいと考えておりますので、よろしくお願いします。

田中東子先生には講評と対話のリードをお願いしております。また、情報学環の客員研究員の戸村朝子さんと特任研究員の久納鏡子さんにも議論にご参加いただきます。
まずは、今年のテーマ「分類されない『わたし』」について、東京大学大学院情報学環教授の田中東子先生にお話を伺えればと思います。よろしくお願いいたします。

田中東子(以下、田中):今年の成果発表は「分類されない『わたし』」というサブタイトルをつけて、TECH BIAS 2のプロジェクトを実施しました。特にここ数年、AIをはじめとする新しいテクノロジーが私たちの身近な生活の中に忍び込んできていることは、おそらく皆さんも実感されていると思います。テクノロジーは私たちの生活や人生を豊かで便利にしてくれますが、一方で、それらを取り巻く環境やそれらが生み出すもの、あるいはテクノロジーが導き出す関係性にさまざまなバイアスが入り込んでいることが、多くの研究の中で指摘されています。

私はジェンダーやフェミニズムが専門なので、テクノロジーを生み出す環境がジェンダーや人種、社会的な階級や階層の面で偏りがあることについては、非常に気に掛けながら研究に取り組んでおります。そうしたテクノロジーを使用した際にも、ユーザーが出力した内容をどのように受け取って解釈するのかが問題になります。事前にある程度の知識がないと、そこに潜むバイアスに気づかないまま鵜呑みにしてしまうかもしれません。

そのような課題意識を背景に持ちながらTECH BIASという企画が生み出され、昨年と今年の2年に渡りプロジェクトの成果発表としてのショーケースを行ってきました。この企画の一番面白いところは、工学系、アート・デザイン系、それから人文社会科学系の大学院生が、かなり密に議論をしながらプロジェクトを進めていくところです。そこに社会人であるソニーの社員の方が加わってくださり作品を最後まで制作していきます。

専門分野が異なる上に、年齢や性別、出身国、セクシュアリティなどのバックグラウンドも異なる人たちがチームとして作品を制作することの困難もあります。社会人と学生の間には、経験や知識、時にはコミュニケーションを取る際の権力の勾配が生じます。文系と理系の学生の間でも、同じ議論をしている際に使っている言葉の背景やコンテクスト、定義がずれていることによりディスコミュニケーションが生じることもありました。そうしたすべてをふくめて、自分たちを取り巻くテクノロジーとバイアスを実感しながらプロジェクトが進められていました。

「分類されない『わたし』」という今年のテーマですが、プロジェクトのなかで、何を制作するのかを確認する中間発表会を実施した際に、4つのグループすべてに共通して含まれていた視点が、分類されることへいら立ちと諦め、でもそこから逃れたいという欲望でした。

それはAIが社会に浸透したことにより顕在化した形で生じた感覚かもしれませんし、あるいは複雑化する社会の中で、人が人を分類したり、区別したり、名づけたり、格付けをすることが当たり前に行われていることに対して、テクノロジーとバイアスという視点から考察して作品にしようとしていることが理由なのかもしれません。そのように感じたので、今年度のTECH BIASは「分類されない『わたし』」というテーマにさせていただきました。このテーマがどこまで妥当だったのかは、この後の皆さんの発表を伺ったうえで一緒に考えていければと思っております。

バイアスの解釈と対峙に関する4チームの視点

以降では、4つのグループによる展示とプレゼンテーションの内容を要約したうえで、それらに対する評者のコメントをまとめます。

司会:
筧 康明(東京大学大学院情報学環教授)

講評:
長谷川愛(アーティスト、慶應義塾大学 マルチディシプリナリ・デザイン科学専修 准教授)
田中東子(東京大学大学院情報学環教授)
久納鏡子(東京大学大学院情報学環特任研究員)
戸村朝子(東京大学大学院情報学環客員研究員)

Label Me!

チームメンバー:加藤夢生、張静雨、塩谷明日香、友利未夢、浜田雄

『Label Me!』は、分類やバイアスを最初から悪とは結論づけず、私たち自身の内面に生じる「分類したい/されたい」という欲望に焦点を当てた作品です。
展示は工場エリアとコンビニエリアに分かれており、まず来場者は工場エリアのタブレットでニックネーム入力と6つの問いに対する回答を選択します。回答内容と回答までにかかった時間をもとに生成AIが画像・説明文・成分表付きのラベルを作成し、それを出力してボトルに貼ることで “出荷”する準備を整えます。
続くコンビニエリアでは、ラベルを貼った自分のボトルを冷蔵庫に陳列するか持ち帰るかを選び、ラベル付けと他者評価の受容か拒否を選択します。同エリア内の値札展示はバイアスが人間の価値までを規定する可能性を示唆しています。
本作品のコンセプトと冒頭の質問内容は、近年流行している性格診断MBTIから着想を得ました。単純な分類は多様な人間のパーソナリティを限られた枠に押し込める行為であり、時には暴力にもなり得るにもかかわらず、多くの人がそれを受け入れる背景には、現代社会に蔓延する消費主義的な効率志向があることも指摘しました。

長谷川愛(以下、長谷川):すごくキャッチーで分かりやすい良い展示だったと思います。最初にタブレットで質問に答える時に、少し自分をよく見せるような答え方をしてしまったかもしれないと振り返っていましたが、回答するまでの時間など質問以外のところからも自動的にデータを取っていると伺い、それも良かったと思いました。むしろそちらの方が無意識である分、回答者の性質を反映しているかもしれません。それだけに、もう少しデータを自動収集することのダークサイドも表に出して表現しても良かったかもしれないとも思いました。

戸村朝子(以下、戸村):非常に洗練された展示でした。プレゼンテーションで言及された、消費主義的な効率志向のお話が特に印象的です。私も長年企業の中で仕事をしてきましたが、企業というのはまさしく消費社会の中心にある組織です。いわば効率化の権化なのですよね。
MBTIがベースにあるからではありますが、質問の項目をあまり整えられてしまうと、受け手としては、他の誰かが作った枠に自分を嵌めないでほしいという少しざわざわした気持ちになります。実際のところ人間というのは、昨日と今日とでは少しずつ違う私になっているはずです。ですから時間軸も持たせて分類してみたら人がどう見えるのか、あるいは分類することにより誰が得をするのかなど、さらに色々と考える余地がありそうだと思いながら楽しませていただきました。

久納鏡子(以下、久納):最終的に、すごく洗練された形にまとまったのが素晴らしいと思いつつ、冷蔵庫に自分のボトルを残すか残さないかを選択する場面は、先ほど長谷川さんの仰ったダークサイドのお話にもつながると思いますが、最後に何を考えさせるかの一番肝になる部分だったと思います。人によっては裏側のラベリングされている自分についての説明を読み込んだ上で、冷蔵庫に陳列するかどうかを選択することなく、特に違和感を抱かずにスルッと体験してしまう可能性もあると思いました。

田中:一番奥の棚に、名前を貼り付けたペットボトルが色々な値段をつけた状態で展示してあるのを見て、ちょっとゾッとしたという所もふくめてとても好きな作品でした。資本主義社会というのは人間に対して、誰にどんな価値があるかを本当に値札をつけるかのように、数字に置き換えて見積もりながら社会を回していく側面があるからです。スタディパネルの内容もとてもしっかり調べられていて、とてもよくまとまっていていいなと思って見ていました。

Bias Archive

チームメンバー:Gabo Ananda、窪谷純、小谷知世、陳星如、葉いずみ、吉田翼

『Bias Archive』は「広告の最終決定権が消費者にあったら?」を起点に、体験者が批判的オーディエンスとして広告制作へ介入する作品です。広告は社会に蔓延するバイアスを可視化して拡散することでステレオタイプを再生産するという負の側面がある一方で、既存のバイアスやタブーを打破して社会を前進させる可能性も秘めています。
体験ではAI生成によって生成された、何かしらのバイアスをふくむ広告3本からひとつを選び、問題箇所を指定し、自然言語のプロンプトで修正指示をすることで新しい広告を生成します。それを印刷して手書きタグを付けファイル保存し、他者の修正版の広告も閲覧できるという仕組みです。そのように集団で「変革的な広告」を作りつつ、誰が何を偏りと感じどう変えたかもアーカイブしていきます。

戸村:広告というのはバイアスの塊なんですよね。何かを選べば何かを排除することになるという追いかけっこで、制作側がスコープをどう設定するかが問われます。近年はAIの実装が進むなか、広告業界の人たちもAI時代の広告のあり方についてさまざまな議論をしていますが、将来的には動的にアダプトすることも可能になる以上は固定されたクリエイティブ自体がなくなる可能性もあるわけです。皆さんがもたらした視点は、広告が再定義され始めている局面に一石投じていると思います。展示も洗練されていたので、とても分かりやすかったなと思いますし、体験した人が刺激を受ける設定でした。

久納:自分が実際に体験してみて思うのは、自分が広告を実際に改変してみることによって、他の人たちがどういうところにバイアスがかかっていると思っているのかもふくめ、自分と他の人との違いが見えてきます。ファイリングシステムにしたのはすごく良くて、そこからの発見もあったかと思います。

田中:広告がバイアスの塊であるということは、メディア・スタディーズやジェンダーの研究領域では長年の分析対象でした。メディア・スタディーズの中に広告記号論という領域がある程です。そのようにバイアスの塊である広告に自分が直面して、それらをどう書き換えていけるのかを体験させることで気づきを与えるというアプローチは非常に面白いなと思いましたし、普段言葉で批評する時でこそ私も鋭く切り込みますが、いざ自分が制作する場面に置かれた時に自分のクリエイティビティのなさに絶望するなど、参加する人のクリエイティブな力が問われる作品でもありました。そういう部分もふくめてとても面白く体験させていただきました。

長谷川:広告が炎上する事例はたびたび目にしますが、それらを見て思うのは多分みんな参加したいのだろうなということです。一方的な受け手ではなく送り手として参加したい、自分なら別の作り方をするだろうといったオーディエンスの感情を、いわばクリエイティブを制作する装置として利用してしまう、非常に優れた仕組みを発明したともいえるのではと感じました。
そのことに関連して連想するのが参加型のプロパガンダです。第二次世界大戦中に日本をふくめたいくつかの国が実行したプロパガンダで、インターネットがない時代に国民が表現者・発信者として参加できる形にすることで、拡散性の確保とイデオロギーの内面化の両立に成功した事例があることを思い出しました。ですから皆さんは、活用の仕方によってはそうした危うさもはらんだ、すごいシステムを考えられたなと思います。
もうひとつ、どこまで参加できるのかという問題もあります。企業が売ろうとしているものと消費者のニーズのミスマッチが起きた場合を考えると、例えば風邪薬の広告の修正版を指示しながら「結局、薬じゃないんだよ。私が欲しいのは」と思うかもしれません。でもそれは、本当に売れるものを作りたいという企業のニーズにも合うかもしれないので、そうしたことも今後うまくつなげられると、さらに良いツールになるかもしれません。

même

チームメンバー:眞鍋美祈、兵藤遥、江子淵、大平麻以、河西一樹

『même』は、水という素材を媒介に、分類や名づけがもつ力と暴力性を表現しつつ、それらによって生まれた偏見の眼差しを受けながらも、なお存在し続ける個のしなやかさを象徴した作品です。来場者は設置されたタブレットを使用して年齢や性別、学歴、職業、結婚歴などの情報を登録すると、自分が登録した属性の外側にいるとされる集団からのバイアスをふくむコメントがLLMで生成され、スピーカーから少し不気味な声で流れるのを聞きます。
その横に設置されたアクリルガラスと水を使った装置では、無色の水が流れ出して分岐し、黄色と緑とピンク色の水が入ったシリンダーに注ぎ込まれ、最後に混ざった水が最下層のアクリルの箱に貯まる様子を見ることができます。最初は無色透明だった水が辿っていく過程で、この世界に生まれ落ちた直後に命名とともに登録され、人生の過程で社会に解釈されながら色づき再構成される自己が表現されます。

久納:このグループの作品は、プランの時点からどうなるんだろうと非常に期待していて、コンセプトからは一番完成形を想像できないところがありました。最終的に今展示されているような形になり、ギミックが機能するところまでちゃんと作られ、かつ作品としての説得力を生むものとなったのが素晴らしかったと思います。
一方で、私たちは見てすぐにそれが何を表しているのか分からないもの、例えばアートの作品を見た時に、理由が分からない表現に遭遇するとそれらを解釈しようとするものなのだなという実感もありました。例えば今回の作品の色分けしている水については、それぞれの色に意味があるんじゃないだろうかと考えてしまう。そういうバイアスも自分自身にあるわけです。ですから制作側の責任としては、そこに本当に持たせるのか、あるいは持たせないのかという理由づけが明確にあるほうが作品としての強度が出てくるかなと思います。

田中:バイアスをふくんだセリフが、映画の中の悪い魔法使いの囁き声のように頭上から流れてくる感じが、呪いめいて良かったです。偏見やバイアスをふくむ言葉はまさに人に対して強い呪いをかける言葉としてこんな風に降りかかり、場合によってはその人の生き方や行動を制限する呪縛になる場合があるので、あの音声のチョイスはすごく良かったと思います。それから水の装置については、当初は無色透明な水が最後には結局色が混じって、汚い色になって落ちてくるのを見ながら、しょせん人なんてそんなにきれいな存在ではないよな、と感じたところもふくめて面白い作品でした。

長谷川:登録した内容に応じてけなされる場面については、AIリストカットと称しながら自分の情報を学習させたChatGPTに本気でディスってもらうことをやっていた身としては若干の物足りなさがありました。それでも反論したくなるので意外と自分の沸点が低いんだと思いつつ、水の流れる装置とのつながりが見えづらかったのが正直なところです。
AIにけなされ煽られる体験に対して、水が流れる装置がきれいすぎるんですよね。ここで液体を使う意味は、流動性や決まりきらなさを伝えたいのだろうと思いましたが、最後には容器の中に落ちて貯まってしまうので、もし流動的な存在としての私たちを表現したいのであれば、循環し続ける感じをもう少し見せられると良かったと思います。

戸村:名づけの行為って認識の話なんですよね。名づけられることで世界にその存在が認知されますし、逆に世界に存在していても名づけられなければ認識はされず、ただあるということです。そうしたテーマと実際に制作された作品との距離が少しあるので、今いろいろなコメントが出ているのだと思います。
今回の皆さんは器を作る側、言い換えるなら皆さんが規範を作り、作品を鑑賞し体験する人たちが、それに乗っかる側に立ったわけです。その時に作り手としてどういう気持ちで整理したかを振り返ることで得るものは非常に大きいと思いますので、今回展示が終わってから改めてリサーチや企画から制作までのプロセスを分解すると良いのかなと思っています。

卵、割ってみない?

チームメンバー:石田一真、伊藤鈴、杜雨桐、戸田結梨香、平松里彩、堀口竜也

「卵、割ってみない?」は、ひび割れた巨大な卵を剥く体験を通じてバイアスの更新を促す作品です。卵の殻は社会を覆う共有知、殻のかけらは個人がもつバイアス、中身=多角性が生まれた先の新しい社会の兆しのメタファーです。
来場者は殻を剥いた内側に見える映像を鑑賞しつつ、殻のかけらの裏面にあるQRを読み込ませながら設置されたタブレットからバイアスに関する問いに回答します。その後で殻を元に戻すと他者の回答も閲覧できるという流れです。異なる視点に触れることで自他のバイアスへの向き合い方を柔軟にし、必要ならアップデートすることが狙いです。制作過程では、バイアスは属性・文化・経験が重なって生じるもので、必ずしも有害ではないものの、古い価値観由来で他者を傷つけるものは悪いバイアスであると整理したうえで、ステレオタイプとの違いも再整理して現在の形に完成させました。

田中:コンセプトと作品それぞれに対して私の中では評価があって、コンセプトについてはもう少し深掘りをしてほしかったと思います。例えば良いバイアスと悪いバイアスの権力性を問う、あるいはどういう力がそれらのバイアスを分類して、「良い」と「悪い」を評価しているのか掘り下げてほしかったです。
作品については、全作品の中で見た目が一番かわいいし、手触り感の気持ち良さもありましたね。殻を外してQRコードを読み込んで、そこから質問に回答していく手順も分かりやすいし、そのあたりはすごく楽しい体験でした。ただ、行くといきなり「卵割ってみない?」と問いかけられて手に取るようになってたので、卵を割る動機づけにつながるような設定がもうワンクッションあると、よりあのかわいらしさがストーリー仕立てで引き立つのではと思いました。ただ、技術などはすごく素晴らしいと思います。

長谷川:手順としてはQRコードがあって分かりやすい一方で、結局手に取りやすい位置にある殻ばかり取ってしまったので卵と殻のデザインに工夫がほしいところでした。質問もやや限定的すぎたかなと思います。分かりやすいトピックですが、いつも私たちがあまり考えていないことについて考えさせる問いがあっても良かったと思います。
あと質問に答えた後に、回答者のバイアスを分析することもAIを使えばある程度できると思います。なので、問いと回答の扱いをもう少し工夫できたのではないのかなと思いました。

戸村:卵というメタファーはすごく分かりやすくていいですね。このメタファーとやりたいことのマッチングのこなれ感がもう少しあると良かったと思います。また、バイアスに対してはぜひそれをハッキングするベクトルも出してほしかったと思いました。どうしても受け身になりがちですが、せっかく問題意識がそこにあるのならバイアスとステレオタイプに一方的にやられるだけではなく、それにどう抗うかというベクトルを感じさせるものも欲しかったかなと思います。

久納:アイデアを見た段階ではそれらを本当に物理的に作れるのかと思っていたので、卵を本当に3Dプリンティングで約1週間かけて出力したり、苦労をしながら作品にまとめられたところが素晴らしかったと思います。それからBias Archiveのチームと同様に、他の人たちの結果と比較することで、自分がどういう視点を持っているのかを客観的に気づかせるポイントがあったのもすごく良かったと思います。
ただ、最終的に体験者をどこにたどり着かせるのかということが、体験の設計としては最も大事なところなので、例えば卵の内側をのぞき込む時に流れる映像が見せている世界を、もう少し整理するだけでずいぶん印象が変わるだろうなと思います。最後の体験の満足度というところでいうと、その点が気になりました。でも本当にお疲れさまでした。

まだ見えていない世界を可視化する挑戦は続く

4チームの発表後、評者である長谷川愛准教授、田中東子教授、特任研究員の久納鏡子氏と客員研究員の戸村朝子氏によるディスカッションが行われました。

久納:今年はリサーチ内容もさることながら、思っていた以上にそれらがちゃんと形になっていたのが良かったと思います。それから、自分たちが制作した作品を来場者たちに体験していただくことで初めて分かることが多かったというお話を会場で伺いましたが、それこそがとても重要な点だと思いました。作って終わりではなく、その作品の評価を通して自分たちの考えがどのように受け止められるかを知ることができますし、フィードバックをもとにさらに自分たちのリサーチ自体もより深いものにできるはずです。

長谷川:全体的にすごくクオリティが高く、批評として結構厳しいことまで言えるレベルなのがすごいなと思いました。「(とりあえずどうにか形になって)すごかったですね」と手心を加えたコメントをせずに済むクオリティにまで持って行けたのは皆さんさすがだなと思いましたし、とても楽しかったです。
アートにはかなり広義性があります。メディアアートだと、データが何にどう紐付けられて、どのような体験になって作品としての完成度が高められたのかを見たくなりますが、今回のようにデュシャンなどの現代美術を引用したチームがあると、このモチーフは一体何かということも考える必要があります。批評する側もアートのどの視点から語るのかが問われたと感じました。
私は以前まさにこの部屋で『Alt Bias Gun』という作品を展示したことがありましたが、それから7年経って、こんなにも色々なバリエーションのバイアスをテーマにした作品を見られたことがとても嬉しかったです。

戸村:今年はどのチームの作品も洗練されてて、実現力がすごいなと思いました。もちろん達成しきれなかったことも多々残っているはずですが、大学の演習なので「うまくいって良かったね」とならないくらいがちょうどいいですし、色々なフィードバックをぜひ糧にしてほしいと思います。
今年は第2回目のTECH BIASでしたが、それぞれのチームで設定したテーマが広告やプロダクトといった私たちの目線の中にある日常の延長にある物事から問いを立てていたのが良かったと思います。

田中:私自身はアート畑の人間ではないので、議論を作品という形にして表現すること自体が素晴らしいなと思いながら、去年も今年も参加させていただいています。他の皆さんは世界中のアート作品をご覧になったり、表現者として活動されていると思うので、テクノロジーとバイアスというテーマ設定の醍醐味や重要性についてもう少し伺ってもよろしいでしょうか。

久納:私はリンツのアルスエレクトロニカで研究プロジェクトに携わってきましたので、そこで見てきた感じでいうと、アルゴリズミックバイアスやジェンダーバイアスをテーマとして掲げることは2010年代後半からトレンドになってきて、今も当たり前のように作品が出てきているなかで、日本のアーティストの作品は残念ながらまだ少ないという印象を受けています。というのは、作品を制作するプロセスにおいてリサーチを作品のコンセプトの背景に持つという部分がまだ弱いからだと思います。
今年は作品のクオリティが上がったと皆さんおっしゃっていましたが、ビジュアルの部分もふくめて「これはどういう意味を持っていますか?」と問いかけられる作品ができるということは、今後の展開がすごく期待できると思いました。そこがとてもうれしかったです。

長谷川:『Alt Bias Gun』を制作した時に学んだ教訓は、とりわけ人種問題などセンシティブなテーマを作品にとりあげるのであれば、人文系の詳細なリサーチや分析も必要だと痛感したことです。
当時MITにいたときに、米国内にあるレイシズムにおいて黒人の次に攻撃対象にされる可能性があるのは自分もふくめたアジア人だろうという考えもあって制作したのですが、作品について海外の論文に寄稿しようとしたら「なぜアジア人のお前が黒人が直面している問題を扱うのか」という指摘をされたんです。
さらに、論文内の「なぜ“黒人は犯罪者”という偏見を持って見られてしまうのか」という一文の書き方についても、その一文の構造自体がバイアスをふくんでいるという指摘も受けたので、これは人文系の専門家と一緒に論文を書かないと、この分野で日本人として闘うのは非常に難しいと感じて打ちのめされた記憶があります。
ここにいる方は、人文系の先生からも指導を受けられる環境にありますから、当時の私のような孤独な闘いをせずに済むはずです。ぜひこの機会を活用してほしいと思います。

田中:「人文知って何の役に立つんですか?」という類いのことを言われることがありますが、私自身の考えとしては、人文知というものは今はまだ誰も目にすることができていないけれども、そこにある問題を可視化することのできる学問だと考えています。
昨年と今年実施したTECH BIASのプロジェクトは、そのような人文知がアートのような表現や工学的な知と結びつくことによって、まだ見えていない世界を可視化するということにチャレンジしているプロジェクトです。たくさんの学生さんや、ソニーの皆さんのお力添えで、実行することができました。今後も一緒にテクノロジーとバイアスの問題を考えていければと思っております。本日はありがとうございました。

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