エスノグラフィーから異文化を知り、フィールドを超える|CFD002(前編):藤田結子(大学院情報学環准教授)
東京大学×ソニーグループ株式会社による「越境的未来共創社会連携講座」(通称: Creative Futurists Initiative)から生まれた新企画「Creative Futurists Dialogues」。第二回目となる今回は、情報学環准教授の藤田結子准教授を招き、文化人類学の調査方法の一つである「エスノグラフィー」をテーマに、ビジネスやデザインなど、様々な領域で応用される現代のエスノグラフィーについて、基本を学ぶレクチャーと実践ワークショップを行った。
(※) 記事中の所属・役職等は取材当時のもの
TEXT: Nanami Sudo
PHOTOGRAPH: Yasuaki Kakehi Laboratory
PRODUCTION: VOLOCITEE Inc.
筧康明(以下、筧):これよりCreative Dialogues 第二回目を始めていきたいと思います。皆さんご参加いただきありがとうございます。前回の第一回目にも参加いただいた方と、今日初めて参加いただく方とがいると思いますが、東京大学とソニーグループが昨年末より新しい社会連携講座「越境的未来共創社会連携講座」を立ち上げました。通称:Creative Futurists Initiative(CFI) というように、その中で「越境的な共創」というものを、色々なアーティストの方やメンバーの方から話題提供していただきながら、東大とソニーの皆さんを交えて、対話やディスカッションができる場を作っていこうと、このDialoguesシリーズを始めました。
今日は二回目で、藤田結子先生にお話いただきます。簡単にご紹介すると、僕と同じ情報学環の準教授をされています。留学中にリサーチ方法論を学んで、コロンビア大学でMA、ロンドン大学でPhDを取得されました。専門は社会学とメディア文化研究です。そして、今日のトピックにも関係しますが、著書には『現代エスノグラフィー:新しいフィールドワークの理論と実践』(2013, 新曜社)という新しいフィールドワークの理論と実践等々があります。今日はそのエスノグラフィーとは何か、そしてその実践をワークショップ形式でみなさんに体験いただき、対話が広がっていけばいいなと思っています。
前半は藤田先生にお話いただいて、後半の実践は対面を前提としていますが、オンラインの方でもある程度体験できる形でご用意しています。現地での体験とは少し異なる体験になるかもしれませんが、その辺りはご理解いただければと思います。藤田先生、今日はよろしくお願いします。
「エスノグラフィー」とはそもそも何なのか?

藤田結子(以下、藤田):ご紹介にあずかりました藤田と申します。よろしくお願いします。今日は、エスノグラフィーの基本のお話をしたいと思います。エスノグラフィーという言葉自体は、みなさん聞いたことがあると思います。実際に、エスノグラフィーについては色々な講座で語られていて、議論されてきているんですけれども、その内容の多くがセオリーやコンセプトで、じゃあ実際にどうやればいいのかというと、よくわからないことが多いと思うんですね。なので、今日は実際にやってみるという作業をしたいと思います。
最初にエスノグラフィーとは一体何なのか? というところから始めて、さらに応用エスノグラフィーについても少し解説してから、実際にみなさんにやってもらうという流れで進めたいと思います。実際にやってみて、質問をしていただいたり、3、4人くらいのグループでお互いにディスカッションをしていただいたりしようと思っています。

では、そもそもエスノグラフィーとは何か? ということから入っていきますと、これは「Ethno(民族)」と「graphy(書記法)」を足した言葉です。これは文化人類学の分野で、欧米の研究者がアジアやアフリカ、南米などの遠い国に行って、自分とは違う文化の人たちを研究する、そういった学問から発展していった方法です。このことはご存知の方も多いと思いますが、そこから多様な学問分野に応用されています。
私は社会学出身ですが、社会学だとストリートだったりとか、コミュニティであったりとか、そういったものに対してよく使われます。シカゴ学派の研究も行われてきました。心理学や教育学もです。ビジネス関連では、UXリサーチや経営、組織研究、マーケティング、デザインなどに応用されています。実は、学術としてのエスノグラフィーと応用エスノグラフィーには少々違いがあります。それらについて、これから説明していきたいと思います。

エスノグラフィーとは「記述すること」ですが、どうやってやるのかというと、最も一般的で伝統的な方法は、参与観察(participant observation)と言われるものです。実際のフィールド、英語では「site」と言いますけれども、その場所に行って、長い時間滞在して、その現場の内側から理解するということが一般的な方法ですね。その際に、今日皆さんにやってもらう、メモをとったり、フィールドノートを作成したりして、それをデータとして使います。
さらに、色々なことが分かってきた後に、質問をつくってフォーマル・インタビューをしたり、ビデオを撮影して、それを発表方法に取り入れたりするビデオエスノグラフィーというやり方もあります。

最近では、情報学環でオンラインの研究をしている院生さんがすごく多いのですが、最近ではオンラインのエスノグラフィーが盛んになってきています。もともとは現場に行って、対面でたくさんの人に囲まれてするものだったのですが、最近ではオンラインでの調査も増えています。
私たちの今の生活を考えると、対面のリアルな生活だけではなくて、ソーシャルメディアを使ったり、色々なプラットフォームを使ってコミュニケーションをとっています。そもそも対面のエスノグラフィーをするにしても、オンラインも調査しないと、人間のコミュニケーションだったり、文化だったり、色々なものが分からないよねというふうにここ20年くらいで変わってきていて、それを組み合わせる方法も試行錯誤しながら考えられています。
あらゆるものや行動の裏に潜む「意味」を明らかにしていく
では、なぜエスノグラフィーが応用されるのか。学術研究では、異文化の研究、同じ国内でも、ストリートや異なるコミュニティー、貧困地域というようなものを研究することに使われます。他にも、教育関係では教室の中での生徒と先生のインタラクションを観察するというものもたくさんあります。では、そういったものが学術ではなく、なぜビジネスやデザインにまで応用されるのでしょうか。

調査には様々な方法があります。まずはアンケート調査です。ひとえにアンケート調査と言っても、私たち研究者が質問を作って、配って回答してもらうわけなんですよね。すると、アンケートを作成する側である研究者や調査する人たちの知識の範囲内でしか質問項目を作れないということが起きてしまいます。
次に「フォーカス・グループ・インタビュー」という、何人かを集めて、部屋で話をしてもらうというやり方があります。これは、何人かでわいわい話すので話を引き出しやすいのですが、デメリットとして、実際の現場での状況までは分からないということがあります。例えば、実際に主婦の方に家庭について話してもらっても、話を聞いただけでは状況が想像しにくいですよね。さらに、話している人たち自身が気づいてないことについては分からないということもあります。当事者自身の知っていること、考えていることを話すからです。私たちは、自分たちの文化や生活の中で起こる色々なことを、当たり前だ、普通だと思っているから、あえては語らないんですよね。でも、それが一歩違う目線で、全く違うバックグラウンドの人が見ると、これは不思議なことだな、というふうになるかもしれないんですよね。でも、それについては当たり前すぎて話してくれないということがある。
その点で、エスノグラフィーのメリットは、データを取るときに、現場の状況が再現されることです。そこにいる人々が日常的に何かを使うその場に行って観察するので、実際のその部屋の中の全体配置や人間関係、会社や家庭での関係も一緒に見ることができます。フォーカス・グループ・インタビューのようなやり方だと、普段とは全く異なる空間に来てもらうから、そこまでは見えないわけなんですね。さらに、本人が気づいていないことでも、現場に入ることで明らかにできます。行動に与えられた意味を理解し、新しい価値観や行動パターンを発見するのにも向いています。
対するデメリットとしては、とにかく時間がかかるんですね。一般的なアンケートであれば数週間で終わるかもしれませんが、学術的なものの場合は特に長い時間がかかります。

エスノグラフィーはそういった意味ですごく応用されています。調査方法としては、アンケート調査やフォーカス・グループ・インタビュー、エスノグラフィーと、専門観察を組み合わせて色々なアプローチで明らかにしたいことを考察するという特徴を持った調査法です。
ビジネスの側面において、ビッグ・データをどれだけ積み上げても、顧客が「なぜ」クリックし、「なぜ」購入したのか、その意味づけを知ることはできません。その行動そのものについてデータから分かっても、「なぜ」人々がそのような行動をとったのか? ということは、本人に聞いてみないとわからないんですよ。例えば、夜10時頃のコンビニでコーヒーの売上がすごく伸びたとします。データではそういう行動パターンがあることが分かるけど、なぜそうなのかは分かりません。眠いから目を覚ましたいのかもしれないし、その時に食べるお菓子に合うからかもしれない。そういったことは、聞いてみないと分からないないですよね。
エスノグラフィーというのは、人々の色々な行動やものには全て意味があるという考え方です。参加者の皆さんの方が詳しいと思うんですけれども、なぜものがこういう形になっているかというと、人間が意味を込めて作っているからなんです。私たちの文化ではあらゆるものに意味が込められていて、私がこちらの方向を見ながらしゃべるのも、一番前の人をじっと見た時に、気まずいから見てはいけないような儀礼的無関心をするのも、色々な意味が絡めとられた上での行動なんです。エスノグラフィーというのは、そのような意味を明らかにしていく調査方法だと考えてください。
ビジネスとデザインにおけるエスノグラフィーの応用

続いて、応用エスノグラフィーの分類について少しお話ししたいと思います。皆さんも「UXリサーチ」という言葉をよく聞いたことがあるのではないでしょうか。アメリカの企業ではUXリサーチャーという職業がたくさん雇用されています。アメリカではPhDがアカデミアに行かないで企業に就職するという例もたくさんあって、私のコロンビア大学での同級生も博士号を取った後にトヨタに入っていました。
UXリサーチというのは、定量・定性調査、フォーカス・グループなどの色々な方法を組み合わせて、特定のサービスや製品に対して人々がどんなふうにサービスを利用しているかを明らかにし、利用法や動機、効率、ニーズなどを考察するための調査法です。

これは「ビジネスアンソロポロジー」という分野にもよく使われるんです。「ビジネスエスノグラフィー」とも言えるかもしれませんが、欧米の場合、ビジネススクールに大体1人くらいエスノグラフィーをやっている研究者がいて、組織や顧客を質的に研究したり、マーケティングに応用したりということがあります。
日本でも少しはいますがアメリカやヨーロッパに比べると少ないと思いますが、その支持を得ている特定の消費者を理解することで、組織の中の人間関係や効率性、製品開発、マーケティング、サービスの最適化ができます。しかし、かなりお金がかかってしまうので、このような調査は1日のみなど、すごく短いスパンで実施されています。

そして、応用的な調査にはどんなものがあるか、事例をご紹介します。例えば、ビール会社がバーへたくさん卸していたビールが売上減少に直面してしまい、市場調査をしたけれども原因がつかめなかったということがありました。そこで、エスノグラファーたちにイギリスやフィンランドのバーに毎日通って客として入り浸ってもらい、バーの従業員や客を観察しました。そこで、ビール会社が力を入れていた販促グッズが使われておらず、時にはゴミ扱いされたりなど、働いている人たちの商品知識がなかったという分析結果が出たんです。このような観察と分析で売上を回復させるようなことがビジネスエスノグラフィーです。

他にはレゴの事例もあります。レゴは事業再建のためにおもちゃを多角化にしたんだけれども、あまりうまくいかなかった。そこで、研究者をアメリカとドイツの家庭に送り込んで、何ヶ月もかけて子供たちが遊んでいるところとか、家庭でのやりとり、買い物の様子を観察しました。その結果、自分たちが立てた仮説が間違っていて、子供たちにとってはもっとシンプルなおもちゃが良かったというようなことが分かり、製品を作り変えていきました。

藤田:皆さんが一番関心があるのはこの部分かなと思って、今日はこのトピックを厚めに用意してきました。日本語ではデザイン人類学と言われている「デザインアンソロポロジー」です。特定の文化的な文脈において、どのようにデザインが機能するのか、人の日常的な行為や慣習、意味、価値観を明らかにするものです。デザインと文化はお互いに影響を与え合います。そのようにして製品やサービス、システムの新しいデザインの開発を目的とするものです。
期間は先ほどのビジネスエスノグラフィーの1日に対して、デザインアンソロポロジーでは長期的な参与観察やエスノグラフィーが行われます。なぜかというと、デザインをするときに、文化的な側面をよく知る必要があるのではないかという議論がなされていて、本来であればもう少し時間がかかるものだという認識があるからです。

先ほどから「応用」と言っていますが、学術的な調査とデザイン人類学やビジネスの間では何が違うのかというと、学術的な調査において私たち研究者は、なるべくフィールドに影響を与えないようにします。色々聞きまわっている中で、知らない人が来て何なんだ、というように、どうしても与えてしまう影響は仕方ないんですけれども、強い意見を言って相手の行動を変えてしまうようなことは基本的にはしません。一方で、それを目的とするフェミニスト・エスノグラフィーもあります。
一方、デザイン人類学ではフィールドに影響を与えます。学術的な調査では、過去と現在について調査をして、明らかにしていくということなんです。だけど、応用のエスノグラフィーというのは、人類学もそうですけれども、その現場に新しいデザインを用いて介入して、未来を変えていくということを目的としています。未来を変えるためには、より良いデザインをもたらして、もっと人々の暮らしを快適にするというような目的も出てくるわけです。ビジネスでは、より売上が伸びるような商品をつくるとか、そんな方向性が目指されますよね。だから、現在までの分析で終わらず、そこからインサイトまで、どんなものをつくっていこうというところに、エスノグラフィーが入ってくるんです。
特に90年代くらいからはヒューマンコンピュータインタラクションに関連するエスノグラフィーの調査が急増していて、EPICという企業のエスノグラファーが集まるカンファレンスも20回目を迎えています。

ヒューマンコンピュータインタラクションについて、ヒューレット・パッカード・ラボの事例をご紹介します。「オーディオフォトグラフィー」という写真に音をつけるようなものをデザイン人類学の手法を使って開発したいときに、第1段階では人々の写真や音楽の共有、利用者の関係性や、娘が自分の母に対して孫のフォトアルバムを作るなどの関係性や動機などを理解します。
これは普通のエスノグラフィーや人類学、社会学と同じで、第2段階から製品化したいデザインをつくるように被験者に依頼してどんなものが作られるかを見て、第3段階ではラボに来てもらって、それをもとに企業の方で作ったデザインを実際に利用してもらって、その状況を観察します。そうやって、何度もやっていくというようなことなんですね。
ですが、このような話は巷に溢れていて、知っている方も結構いると思います。でも実際にどうやればいいのか? はあまり聞くことがないのではないでしょうか。先ほど言ったように、欧米だと人類学を学んでから企業に入るという流れが一般的にあるんですが、日本の授業では質的調査法という概論で、インタビューや生活史について教えられるんですね。しかし、実践的なトレーニングをするという形式の大学が国内にあるかを調べたところ、すごく少なかったんです。
これは技を教えてくれるコーチやトレーニングしてくれるコーチがいないなどが原因で、自分で本を読みながらやってみるというような、その人の特殊な個人技として捉えられがちです。ですが、私がシカゴ学派の先生のセミナーにて半年〜1年くらいトレーニングしてもらう期間があった時には、実際にフィールドに行き、調査が完成するまで、1から順に手取り足取り毎週やるということをやってもらい、それを通してスキルを身につけることができました。情報学環で私がやっている授業でも、それと全く同じことをやっています。