リアルタイムとロングタイム——戦災・災害の多元的デジタルアーカイブ|CFD014:渡邉英徳(東京大学大学院 情報学環 教授)
東京大学とソニーグループが共同で運営する「越境的未来共創社会連携講座(以下CFI)」は、異なる領域を越えて未来の共創をリードする方々を迎える対話の場「Creative Futurists Dialogues」シリーズ(以下CFD)を展開しています。第14回目のゲストは、東京大学 大学院情報学環・学際情報学府 教授の渡邉英徳先生です。
情報デザインとデジタルアーカイブの実践を研究の軸に据え、記憶を現代に接続し続けてきた渡邉先生。マリントラフィックが映し出すホルムズ海峡の船の軌跡から、広島の被爆証言、沖縄戦の避難行、東日本大震災で途絶えた命の動きへ——リアルタイムとロングタイムをテーマに、遠ざかる過去をその時代で最も未来的な表現として手渡すための倫理と実践を紐解きました。
(※) 記事中の所属・役職等は取材当時のもの
TEXT: Madoka Minamisawa
PHOTOGRAPH: Yasuaki Kakehi Laboratory
PRODUCTION: VOLOCITEE Inc.
ホルムズ海峡のマリントラフィック
渡邉英徳(以下、渡邉):今日のお話のテーマは、リアルタイムとロングタイムです。
僕がよく使っているプラットフォームに「MarineTraffic(マリントラフィック)」というウェブサービスがあります。今、世界中のどこをどんな船が走っているのかをリアルタイムに見られるものです。ホルムズ海峡を流れる船の映像を見ると、赤い点で示されているタンカーと緑の貨物船がびっしりと連なっていたものが、ある瞬間からパタッと止まる。アメリカとイスラエルがイランに攻撃をしたという情報があっという間に伝わって、流れが止まってしまったわけですね。
皆さんがこの動画を見てイメージしたのは、あのニュースが流れた時の衝撃だと思うんです。でもこれ不思議なことに、皆さんが今見ているのはタイムラプスの動画なんですよね。10分ぐらいある動画を1分に縮めている。しかも、もうひと月以上前の動画なのに、最初に僕が「リアルタイムに船の情報が見れるマップです」とお話しをしたことも手伝って、みんなこの戦争が始まった瞬間に気持ちが引き戻されたと思うんです。
リアルタイムにものを表示するためのマップが、尺を縮めたり、話っぷりを変えることでロングタイムの出来事に変化する。これが今日のお話の核心です。
もう一つ、別の動画も見てもらいたいんですが、これはトランプ大統領が「イランの船については海峡を封鎖する」と発表した場面が現れた瞬間です。南から現れた船が北上し、ある地点で止まってしまう。その直後、ものすごいスピードで南下していくんですね。この船は北にあるイランの油を積み出す港を目指して中国からホルムズ海峡までやってきて、その途中で逃げ帰る。
これまた不思議なことに、この動画の醸している雰囲気から、タンカーの乗組員の人たちの気持ちがなんとなく思い浮かぶと思うんですね。中国から長旅をしてきてやっとミッションを果たせると思ったら、アメリカ軍の艦艇から警告があったり軍艦が姿を見せたりして、「やばい」と思って逃げて帰ったわけです。
僕は1ヶ月間ずっとこのマップを見ているけれど、やはりいろいろ感情が渦巻いているのを感じます。「今ここに船がいるんだ」とリアルタイムの気持ちを前提にしてこのマップを見ると、一個一個の点だと思っていた物理的な船舶の情報の中に、たくさんの乗組員の人が乗っていて、その人たちの気持ちが向こうに透けて見えるような感じがしてくる。
それは想像の範囲でしかないけれど、乗組員の人たちの心情を後から思い返すこともできる。そして僕らも、今日のレクチャーを通して「ホルムズ海峡では今こんなことが起きている」と想像したことを思い出せるわけです。リアルタイムに情報を伝えるものが、その時感じたことや、自分がイメージしたことをロングタイムとして記録するメディアにもなるんですね。
「ヒロシマ・アーカイブ」:なぜ現代の3D都市の方が、81年前を知覚しやすいのか
渡邉:今見てもらったマップは、2026年に始まってしまった戦争の話ですね。じゃあ、ちょっと80年あまり時間をさかのぼってみます。
今度は、日本で起きた原子爆弾の投下をテーマにした「ヒロシマ・アーカイブ」を表示しています。これを僕の仕事をしている人が見たら、広島原爆をテーマにしていて、ここに顔写真が載っている人たちはみんな被爆者の方々であると。クリックをするとその方の証言を読める。今初めて見た人も、僕の説明を聞いて「なるほど、そういうものなんだ」と、一度は腑に落ちると思うんです。
でも、ちょっと待ってくださいね。近寄っていくと、これは1945年8月6日の広島じゃないですよね。少なくともここ数年の、21世紀の街です。でもさっき僕が「これは1945年の広島のデジタルアーカイブなんです」と説明したことには、特に違和感がなかったと思う。これはさっきのイランの話の裏返しのような気がします。リアルタイムで「今イランのホルムズ海峡の情報を見ています」と言った後に過去のタイムラプスを見ると、ロングタイムの記憶につながっていく。広島はその逆で、「過去のアーカイブだ」という説明を受けながら、近寄ってみると現在の街がある。なんで人間の心はこういう行ったり来たりができるんだろうということを、最近自分自身でつらつらと考えるんですね。そこでは何か不思議な「予感」が起きている。
実際、このマップは1945年の焼け野原の航空写真も出すことができるんですが、不思議なことに、当時のマテリアルが出てくると急に想像しにくくなるんです。21世紀の街が表示されていた時の方が、ずっと広島での大きな出来事をイメージしやすい。遠ざかっていけば本郷キャンパスも見えますから、今の時代の広島が、ここで話を聞いている皆さんの東京と地続きになっていて、そこから時間軸をさかのぼっていって81年前の広島が出てくる。その手順の方が「ロングタイム」には到達しやすいのかもしれない。
もう一つ腑に落ちているのが、我々こうやってGoogleアース的に世界中を見るのが日常になっているということです。こういうユーザー体験が当たり前の時代にいるからこそ、「仮想空間の中に現在の地球があって、そこに過去のマテリアルが載っているんだな」という解釈が自然にできるようになっているのかもしれない。ユーザーである僕、クリエイターである僕の画面の向こうに思い描くリアリティもその間に変化してきて、世界中の人たちの認識も時代とともに変わってきた。この向こうにはもう一つの地球があるんだって、ようやくみんなが日常の中で感じられるようになったのかもしれない。
実は、2011年に「ヒロシマ・アーカイブ」を発表した当初はアメリカ軍が戦前に作成していた市街地図をマテリアルにしていたんです。その方が過去をイメージしやすいだろうと思っていました。でもだんだん僕の中で認識が変わってきて、これがどうも嘘くさく見えてしまう。いっそリアルタイムの地図の方がいいんじゃないかと切り替えたのが4〜5年前でした。端末の性能が上がり、表現体系も変わったわけです。
1945年8月6日に起きた出来事は、時間の中でどんどん遠ざかっていってしまう。それを今の時代の人たちに伝えるためには、なるべく未来的に見せておかなければいけないということなんですね。
タキオンって粒子知ってますかね。量子力学の仮説で出てくる、エネルギーを失えば失うほど速くなるという粒子です。相対性理論では、普通の物質はエネルギーを得るほど速くなりますが、光速は超えられない。タキオンはその逆で、エネルギーを失うほど加速し、無限の速さに近づいていく。過去の出来事も同じだと思うんです。時間の中で遠ざかっていく分、未来的な表現をぶつけていかないと、今の僕らには届かない。この講座のテーマはまさにフューチャリストです。「未来を感じさせるように過去のことを伝えないと風化していくよ」とアドバイスされているような気がします。
「沖縄戦デジタルアーカイブ」と「東日本大震災アーカイブ」:透明な時間を今につなげていく
©︎渡邉英徳研究室
渡邉: 2015年に発表した沖縄戦のマップ「沖縄戦デジタルアーカイブ〜戦世からぬ伝言」は、これまでのものと違って「人々が動いていく」様子を再現しています。米軍の上陸後、皆さんがどう逃げ抜いたかという軌跡です。
ここでマリントラフィックの話に引き戻すと、航行する船が行き着く先は常に「今この瞬間」ですよね。シークバーが右端に到達して初めて、我々の時間に追いついてくる。沖縄のマップも同じです。アニメーションで時間の経過を見せることで、彼らの人生がたどった延長線上に今のこの瞬間があるんだ、というイメージを補助できる。
過去を自分と切り離された「遠ざかっていく瞬間の出来事」として見ていると、関心は薄れてしまいます。そこに分断があるからです。でも、時間の繋がりを表現できれば、「自分たちの現在は彼らが過ごした時間の先にあるんだ」という実感が持てる。それが僕にとっての希望であり、過去を「今目の前で起きていること」としてイメージさせたい理由です。
©︎渡邉英徳研究室
もう一つ、15年前に起きた東日本大震災のデジタルアーカイブ「忘れない:震災犠牲者の行動記録」(2016)を見てみましょう。これは亡くなった方々の行動を再現したものです。岩手日報社が5年かけてご遺族にインタビューし、地震発生時にいた場所と、ご遺体が見つかった場所の2点を結んでいます。
仕組みは沖縄と同じですが、決定的な違いがあります。生き延びた人は証言を残せますが、このマップの方々は、タイムスライダーを動かしていくと2011年3月11日の15時半ごろに人生が「途絶えて」しまう。
でも、もし亡くならなければ、その時間は僕らが生きている今と平行に流れていたはずなんです。クリックすると20代や30代の方もいらして、ご存命ならこの教室にいたかもしれない。過去の時間の流れを延長していくと、今この瞬間に到達するんだっていう目でこのマップを見てみると、私たちと共に生きていたはずだという見方ができるはずです。
僕たちが大切な人の死に喪失感を覚えるのは、「その人が命を失わず、自分たちと同じ時を過ごしていたら」と感じるからではないでしょうか。
震災で亡くなった方々の時間は、悲しいかな、僕らが見ている現在には到達できませんでした。でも、「時間が途絶えさえしなければ、もう一度会えたかもしれない」という悲しみとともに受け取ること。それが取りもなおさず、彼らの命を未来に継承し、次に津波が来た時に「誰も死なない高いところへ行けばよかったんだ」とイメージすることに繋がっていくはずです。
2011年3月11日に人生が止まってしまった地点から、ある種「透明な時間」がずっと我々の時代につながっている。そう考えると、よりこのマップが伝えようとしていることを痛切に感じられるかもしれない。
遠い過去を伝えるためには、未来的な表現をしなければならない
渡邉:昔の出来事を今生きている我々の時代につなぐために、ではどういう風に表現しなければいけないんだろう。これは僕自身にとっても、ある種のトレーニングのようなものかもしれません。
僕なりの答えは、「遠い過去の出来事を伝えるためには、未来的な表現をしなければならない」ということです。そしてその「未来的」という定義は、1秒1秒ごとに変化していく。特に今はAIがいたりしますからね。新しい表現がどんどん生まれてくる中で、それらを取り入れ、その時代その時代でなるべくフューチャリスティックに見えるように表現し直さなければいけないと思っています。
今年の2月、「忘れない:震災犠牲者の行動記録」のシステムとインターフェースデザインを全面的に刷新したところ、大きな反響を呼んだんです。従来のものは、2016年に発表した状態のままのマップでした。それを、アイコンに吹き出しが追従するようにしたり、スマートフォンでもスイスイ閲覧できるようにしたり、動作を軽くしたり。今のテクノロジーにちゃんとチェイスさせたわけです。
この告知をXで投稿したところ、なんと2日間で4400万回表示されました。15年経って、基本的な作りは変わっていないのに、これだけ見られた。やはり「過去の出来事を伝えるためには、なるべく可能な限り未来的に見せなければいけない」という僕の考えには効果があったんじゃないか、と思ったわけです。
そして、より未来的な表現をしたいと思って今年発表したのが「忘れない:震災犠牲者の行動記録」のAR(拡張現実)アプリケーションです。先ほどのアーカイブで地面を動いていた方々が、目の前で動いている状態です。男性を青、女性を赤で可視化しています。先日、渡邉研の学生さん何人かと現地でこれを体験してきましたが、言葉を失いました。あまりにもショックが大きいですよね。
震災の遺構などは、今はもう全部流されてしまって住めませんから、更地になっていたり、お弁当屋さんやスタジアムがあったりするぐらいなんです。でも、この更地に車を停めた人がこのアプリを見たら、一生忘れないぐらいの経験になるかもしれない。
でもこれって、やっぱりそれぞれの時代でできうる「可能な限り未来的な表現」っていうところに僕は応えようとしたんだなと、今日お話をしながら思いました。
多分ね、10年前の2016年だったら、このマップは世に出さなかったんです。今年これを作って、岩手日報さんを通じてご遺族の方に見ていただいたり、社内で検討してもらったところ、「震災から10年以上経って、初めてこういう表現をしても、みんなが過度に傷つかずに済むんじゃないですかね」という結論になった。実際、ご遺族の方からも苦情は出なかった。15年経ってようやく、こういう表現が受け止められ得るような時代になってきた、ということなのかもしれない。
皆さんは、もし自分の家族の最期の行動が分かっていて、スマートフォンをかざすとその歩みが目の前で再現されるというものが出たとして、反発を抱かずに済むまでどのくらいかかるでしょうか。
きっと10年前でも技術的には同じようなことができたんです。ただ、2016年の僕にとってはいくらなんでも無理な表現だった。関わっている方々が辛い思いをしてしまう表現というのも存在し得るわけですね。でも震災から15年経ってようやく、ご遺族の心の中でも受け止めてもらえる状況になった。
15年経つと、子供たちは震災を直接知りません。僕の息子も中3ですが、2011年生まれなので原体験がないんですね。やっぱり東北でも、子供たちは映像で間接的に見た知識はあっても、体験したことがない。だからこそ、ご遺族からも「震災を知らない人たちに、まさに亡くなった方々が目の前で動いているような状況をぜひ体験してもらいたい」という意見が出ているみたいです。なので今年は、僕らはここでワークショップを行う予定です。
「ロングタイムとリアルタイムの話」というふうに解釈すると、こういう災害や戦争のデジタルアーカイブがどうあるべきなのかという議論ができそうな気がしています。
テクニウム:AIが変えた表現の生態系
渡邉:このARができるようになったのは、AIのおかげなんです。OpenAIのCodexというAIモデルに「このデータをAR表現したいんだけど」と、あんまり期待せずに指示を投げてみたんです。そしたら「わかりました、プロトタイプを作ります」って、3時間ぐらいで原型ができてしまった。院生さんにも手伝ってもらいながら、1、2週間でほぼ今のバージョンまで完成しました。
元々、アーカイブの原型になった3Dマップの制作時はやっぱり大変だったんですね。僕自身がコードを書いていたので、数ヶ月以上かかっていた。「題材が題材だけに妥協したくない」と思っているのに、時間や体力の制約で諦めていた部分があったはずなんです。でも今の時代は、妥協せず、しかも短時間で作れてしまう。だからこそ、さっき強調した「理想とする未来的な表現」に到達しやすくなっているわけなんです。これはAIとの付き合い方として、僕はとっても気持ちがいい。
「テクニウム」って言いますね。技術が結びついて世界中の生態系に溶け込み、全体が進化していく状態のことです。ケヴィン・ケリーの本(※1)の予言通りだと思います。デジタルアーカイブを作る技術環境自体にAIが深く関わっているので、AIがなし得る表現というのが当然現れてくるわけです。
一方で、僕のもう一つの仕事は全く違う結末を辿っています。2016年からモノクロ写真のカラー化に取り組んでいますが、去年からガラッとスタイルが変わりました。
これまではカラー化専用のAIを用いていたのですが、驚くべきことに今年は写真をAIに読み込ませて「カラー化せよ」と指示を出すだけで、根拠を自分でいろいろ調べてくるんです。「これは何年の何駅前の写真ですね」とか、「写っている軍人は海軍の将校でしょう、抱えている白い箱はお骨ですね」みたいなことまで予測する。ちょっとね、ぞっとするんですね。
これまでは、AIにカラー化させたものを後から人間が調べて色を直していた。そこがヒューマンの仕事だというコンセプトで続けてきましたが、いつの間にか人がやるべきところが失われつつある。なんならAIの方が僕より詳しいわけです。
「ヒロシマ・アーカイブ」や東日本大震災の岩手のアーカイブには、常に伸びしろがある。新しい表現がどんどん現れてくるから、過去の資料の寿命はまだ延ばせる。でもモノクロ写真のカラー化という手法は、人間がやるフェーズはもう終わってしまったのかもしれない、と少し悲しくもなります。
今日のお話で全体に共通していたのは、その時代その時代で現れてくる表現の方法やテクノロジーを取り入れながら、遠ざかっていく過去と反比例するかのように、なるべく未来的な表現を試みる必要があるんじゃないかということです。そのなかで、情熱で動ける仕事と、「この方向の先には未来的な表現は待っていないんじゃないかな」という感覚を覚える仕事が出てきた。AIとの関係においても、同じように分かれていくのかもしれないですね。
Q&A:更新されるべきものとして手渡すこと
参加者:お話の中で「最先端の方法でアーカイブを残すことが次につながる」とありましたが、より長いスパンで考えた時、逆によりプリミティブなものや物質的に落としていくというようなこともありえるのかもしれません。僕が大学時代にDVCAM(ディーブイカム)で撮っていたものが今はもう役に立たないように、デジタルメディアには弱さがある。たとえば100年後やその先に向けて、どういう形に作品を落としていくべきでしょうか。
渡邉: 先日、上野の東京国立博物館に映像展示をしている関係で内覧会に行ったんですが、僕はもう展示物にも学芸員さんにも思いっきり毒気を抜かれてしまった。「この刀、1000年前のものなんですが、どうですかこの輝き」とおっしゃるんですね。国宝が並んでいるのを見て、これはデジタル表現とは土俵が違うなと思いました。1000年という尺は、僕が今日話してきた「ロングタイム」——せいぜい10年、100年——とはまた違ったレンジです。
でも、1000年間も日本刀が保存されてきたのは、きっと日々メンテナンスをしていたからですね。その意味では、「ヒロシマ・アーカイブ」も元のデータには触らず表現方法を日々僕がじわじわ手を入れ、それが積分されて今の姿であるというところは一緒かもしれない。1000年間放置してたわけじゃないというところが大事なはずです。
筧康明(以下、筧): 今日お聞きしていて、従来のデジタルアーカイブと渡邉先生のお仕事の違いは、過去を定まった形に収めるのではなく、小林茂(※2)さんの言葉を借りれば「未完了相を開く」というところにあると思いました。データの中のまだわかっていないこと、新しい見方ができる可能性を開く。いわば「記憶の解凍」ですね。
そこでは対話を前提としてシステムを開発する態度、まだ見えていない部分を探っていく「作り手の勘」が重要になってくる。作ったものが渡邉先生の手を離れて流通してほしいという思いと、でも手が離れたら終わってしまうという営みが、いま「いい塩梅」で繋がり続けている。
渡邉研の学生がこのテーマを扱えば、きっとまた違うものになっていく。もちろん、渡邉先生がいないとこのアクティビティができないという状態のままではいけないけれど、じゃあこの「技術者」というポジションをどう繋ぎ、語り継いでいくのか。AIの時代といえど、実はこの「作り手」という存在こそが重要なのではないかと思って聞いていました。
渡邉: 例えるなら、建築家だと思うんですよね。その人がいないとできなかった作品で、生きてる間はずっと付き合うけれど、いつかは建築家も死を迎え、建物は建て直さなきゃいけない。その時はお弟子さんなのか、あるいは薫陶を受けた全然関係ないアーキテクトなのか。同じ土地を受け継ぎながら、全く違う建物に変わる時代もやってくるかもしれない。
筧:将来更新されるべきものとして作られ、手渡されていく。「このまま残されるべきもの」として作ることとは大きく違いますね。その態度がとても重要なことだなと思いました。
(※1) US版『WIRED』初代編集長ケヴィン・ケリーの著書『テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか?』(2014)
(※2)『テクノロジーって何だろう? 〈未完了相〉で出会い直すための手引き』(2025)小林 茂著 情報科学芸術大学院大学
