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孤独からはじまる新しい取り組みに周囲をいかに巻き込むか

ここでソニーグループの戸村朝子さんを皆さんにご紹介して、戸村さんから簡単に自己紹介していただきます。

戸村:ご紹介ありがとうございます。ソニーグループ コーポレートテクノロジー戦略部門 コンテンツ技術&アライアンスグループの統括部長の戸村朝子と申します。

2020年から4年になりますかね、東京大学の客員研究員もさせていただいていて、今日はその二つの立場で筧先生と対談できればと思っています。

現在担当しているのが先端コンテンツ開発、特に制作やエンターテイメント業界向けの技術開発、クリエイターのコミュニティ支援だったりサステナビリティの技術推進も担当しております。

今回「越境する」というのが一つのテーマですけれども、私も学生の時には非常に悩みの大きい院生時代で、化学での理学修士を取った後、メディアアートの方でもう一度修士に行くというところで私は何者なんだろうというところがありました。

けれどもそういったところでクロスボーダー、境界を溶かすというか、境界を感じないで行き来するみたいなところが、もしかしたら学生の時からそういった気持ちが少しあって、今があるのかもしれません。

いくつかお役割もいただいてまして、客員研究員に加え、欧州委員会のアート&テクノロジー&サイエンスのイノベーションアワードのS+T+ARTS Prizeの審査員をさせていただいたり、あとはアルスエレクトロニカ、日本のアーティストを海外にプロモーションするという役割で Garden TOKYO の企画ディレクター、また文化庁のメディア芸術クリエイター育成支援事業で若手や中堅のクリエイターの皆さんのアドバイザーを2017年からやっております。

ソニーの仕事ではパッと見ていただいても新規事業が多くて、今でこそオンラインで映像や音楽を楽しむというのは非常に当たり前になっていますけれども、ソニーピクチャーズ、またはアニメのアニプレックスなどで、デジタル関係のライセンスだったり映像配信だったり、当時待ち受け(画像)なんかが300円で売れたって驚くべきことかもしれませんが、そんな時代からネットワークの新規事業をやってました。

その後、今でこそ非常に関心が高いですが、2010年からコーポレートソーシャルレスポンシビリティということで、当時CSR部イノベーション課**の統括課長をさせていただき、2010年のFIFAワールドカップ 南アフリカ大会や、2014年のブラジル大会で、FIFAや国連のUNDPだったり、NGOの皆さんと、大会のスタジアムの外で、HIV、AIDSの啓発だったり、チームワークを学ぶようなプログラム*を実施しました。要するにそういった大きい世界イベントがあるときには、その都市や国に非常に大きなインパクトを落としてしまうので、できるだけこういったイベントがあるからこそできることをやるといったことをしていました。

2011年には東日本大震災もありました。そういった時にも技術でどういったことがデータソサエティのためにできるかといったことを逆に教わった経験はとても大きかったです。

その後、2015年から今までですね、新規事業だったりエンターテインメントの新しい表現、新しいものの考え方ということでやらせていただいております。例えば視覚、空間音響またはエレクトロニクスの新しいタイプの商材みたいなことをやっています。

新規事業をやっていると、だいたい最初は孤独から始まるぐらいなところがあって、これは大好きなマーク・トウェインの『トムソーヤの冒険』の一説なんですけど、「最初はひとりでも、楽しそうにしていると周りに人は自然に集まってくる」これを実感していて、そういった新しい潮っていうのを作れるところにいたこの四半世紀かなというふうに思っています。

今日は初回ですが、実はこの講座は2年間くらいかけて東大情報学環の筧先生はじめ先生方皆さんと、ソニーのメンバーで語ってきました。

特徴としては、情報学環とソニーは非常に似ていて、領域のダイナミックレンジが非常に広い。それは非常に面白い特徴で、それを関わらせたらどうなるのかなと、そこを活かしたいねと。Lab to Labの共同研究がたくさんあるんですね。

それはもちろんあり得るとして、何がこれから生まれるか分からないので、どうやってやっていこうということで、越境的未来共創社会連携講座ということでキックオフしました。

今日は東大の院生の皆さん、またソニーの社員の皆さんもたくさん聞いてくれていると思っています。この会場にも60名近い皆さんが来てくれていますし、オンラインでも100名近い方が今聞いてくれていますが、今日は3年の間の(1年目の)4月のキックオフですので、この後続く、先ほど筧先生からもあったレクチャー、ワークショップ、また研究実践プロジェクト、テックバイアスの第1弾が田中東子先生と遂行してますけれども、どんどん巻き込まれていただいて、また面白いテーマ・問題意識があったら持ち込んでいただいて、一緒に3年間作り上げられたらなと思っています。

筧:ありがとうございます。しばらく戸村さんと話する時間をとって、その後皆さんを巻き込んで話をできればなというふうに思っています。

続けるために変わるという態度

戸村:ホームページを見たら、東大はあと3年で150周年なんですね。

筧:そうなんです。

戸村:すごいですね、明治時代に設立されてから150歳!ソニーは何年かというと、1946年創設なので、今年78歳です。東大の約半分ですね。

CFIでは今までにない形の講座を目指しているからこそあえて申し上げると、明治時代に設計された教育やソニーのように戦後すぐに立てられた会社と今では、状況が全然違うと思うんですよね。そのような観点では、もしかしたら制度疲労が起きているかもしれないという問題を投げたいと思います。筧先生は、今後の期待として、この講座でどのようなことが起こったらいいとお考えですか?

筧:150年前の制度と僕の問題意識がどこまで時間軸として噛み合うのかわかりませんが、情報学環も新しい座組みのようでいて、僕が2002年に3期生として入ったので2000年設立で、来年で25年も経つんですね。

僕が割と「学際ネイティブ」なところがありまして、最初は工学部に始まり、その後からはずっと、文理融合という旗印のもとに立ち上がったような慶應のSFCやMITのメディアラボ、そしてこの情報学環と渡り歩いているんです。その中で学生からリサーチャー、教員として経験していくうちに、ある種の文理融合、すなわち「インターディスプリナリー」と言われる形式の理想と限界をだんだんと感じる25年を過ごしてきました。

専門性を深めるということは、東大の150年の歴史の中でもよくできたことだと思います。ただ一方で、「Beyond Borders」という話題がキックオフでもありましたが、横の壁が厚くなってしまって見通しがすごく悪くなってしまっているというのは、150年のレンジでも25〜30年のレンジでも感じます。そこを架橋するのか、壊すのか、新しく立ち上げるのか。色々なやり方がありますが、常に変わりながら続けていかないといけないといつも思っています。

続けるためには変わらないといけないということは、京都の西陣織の細尾さんと長くプロジェクトをご一緒している中でも強く学ぶところがあります。今回の僕らの問題意識として、自分たちの持っているリソースをうまく生かしきれていないんじゃないかということがあります。

もしかしたらソニーの中でもそうかもしれないですが、自分たちの持っているリソースを最大限に活用するために、そのリソースをもう一度探検する態度がすごく重要だと思います。実は、人文系の研究者の方たちとの交流は、個人的にはたくさんあるのですが、一緒に研究をしっかりやったことはあまりないんです。

田中先生をはじめ、このダイアログにも積極的に人文系の方をお声掛けしているのは、僕の今の問題意識の主となる分野だからなのかもしれません。そこに取り組めることが東大やソニーの面白さだと思うんですよね。

「先鋭・先端」とは何か? を疑ってみる

戸村:私が所属している部署は研究開発の部門なのですが、今日参加されている中にはエンジニアの方も多いと思います。そこで、せっかくなので工学的なアプローチについて、少し難しい問いを投げたいと思うのですが、これまでの工学的な「進化」とは、「イケイケどんどん」のような一面があったように感じます。

しかし、その延長に今抱えている社会問題の問いや解が本当にあるのでしょうか?そのような問いを突きつけられているのではないかと考えています。これはアカデミズムや会社の双方に言えることですが、学生にも社員に対しても独創性を求めるんですよね。

対して、彼らを枠からはみ出させる機会がもたらされないのではないかという問題意識があります。そのアンビバレンスな状況から殻を破っていくには、どうしていけばいいだろうかと考えています。

「越境」というテーマは、本講座名を考えている時に、ソニーのCTOの北野さんが「越境せよ」というメッセージを社員に語っていたことから想起されて、改めて講座名にも入れていただき、運動体としてどんどん越境しようという期待を込めました。

筧:僕が工学系の研究をしていて感じるのが、やはり学生が新規性への挑戦や壁に大きく囚われてしまうということです。そうではなくて、大事なのは新しいものを生み出すということだと思います。
これまでは、ある決まった尺度のもと、解像度や正確性、そこに至るスピードにおける新しさによって壁を乗り越えるということがあるけれど、一方でその突き詰めていった先には何があるんだろうということがこの議論ですね。

他には、新しいとは何か分からなくなってしまうということもあります。僕は、もっと多元的だったり複層的だったりする関係の中に、新しさがあると思うんですよね。

これまではある方向で新しさを突き詰めていたんだけど、実はそれとは違う方向にずれることが新しいということなんだと、僕は多くのコラボレーションを通して気が付くことができて、多層性を獲得してきたような感じがあるんです。

やはり普段から新しさに囚われるかどうか含め、新しいとは何か、あるいは新しさをどの向きに定義するのかなどを、エンジニアたちも自覚的になっていかないと、どの方向へ向かってやっていいか分からなくなってしまうということが起こる。

だからこそ、新しさの再定義が今すごく重要だと思っていて、複数の視点でアプローチすることが、それを乗り越える一つのやり方だと思います。

戸村:打ち合わせでもお話していたんですが、先端技術が、必ずしも解であるとは限らない時代になっているかもしれません。「スローテック」というキーワードも出ましたよね。

筧:そうですね。僕もよく先端技術と伝統工芸を掛け合わせてくださいというリクエストをされた時に、果たして自分が先端技術を扱っているのか?と疑問に思います。実はとても昔からあるものをやってるような気もしています。

ただ、先鋭・先端であるということが多元的であるというふうに見るのではなく、僕らは一般的に言われる先端技術とは少しずらしたやり方でやるようになっています。先鋭性や先端性をもう一度疑い、議論するんです。

戸村:もしかしたら、実現したいものがあるという立場だとすると、先端・先鋭、そして昔の技術も含めて、全体を司るつかさどれる技術っていうのが必要なのかなと思いました。

筧:情報学環にの暦本(純一)先生が、SNSで「オリジナリティは、新しいということだけじゃなくてオリジンを持っていることだ」というようなことを言っていたのですが、つまりそれは過去や未来との関係を持てるかどうかがオリジナリティだということで、僕も確かにそうじゃないかと思ったんです。

なので、これまで誰もやったことはないけれど、やらなくていいようなことをやるのではなくて、コンテキストの中での関係をうまく見つけて編んでいくということはすごく重要な態度です。アーティストやエンジニアは、リファレンスという意味でコンテクストがある作業はしているんだけれど、本来であれば色々な角度で編み込むことができます。作るだけではなく、作りながら編んでいくということがすごく重要だと思うんです。

主観と客観を行き来して美意識を育む

戸村:その時に、何を道しるべに進んでいくのか・選択していくのか、というところがあって、筧先生が今日紹介された色々な作品にもあるように、芸術というフォームを借りて表現しているところがあると思います。

筧先生は芸術というフォームでかなり完成度が高いところに至っておられると思うのですが、なぜ芸術なのか?というのをちょっと掘り下げてみたいです。

私自身も、なぜ芸術というフォームに惹かれるのか考えたのですが、先ほど申し上げたように、細分化したパイ、または高度な専門性というのは素晴らしいし、持っておくべきものだと思うんですが、そこを横断するときに、何を羅針盤に取捨選択しようとしたかと言うと、「美意識」が大きく働くのではないかなと思っています。

美意識の中には色々な要素が含まれていて、倫理観もあるでしょうし、道徳や生き方、未来の洞察といった、文字やロジックにはなかなか再現性のないものですが、この講座を通して皆さんと一緒に美意識を育む機会があったらいいなと思ったんです。筧先生は、芸術や美意識に関してどう思われますか?

筧:まさにそこがすごく重要だと思っていて、美意識が共有できるものかどうかという議論はもちろんあると思うんですけれど、自分のパースペクティブでその対象を見る、あるいは自分ごととしてそのイシューに対して向き合うことがすごく重要で、誰かの問題に対して自分が外側から向き合うだけではなくて、自分がそのケアの内側に入り込んで自分ごととして取り掛かるときに、物の見方やある種の美意識というものがすごく効いてくると思います。

それは工学的な視点や人文学的な視点で、主観と客観を行ったり来たりすることが求められると思っています。その中の一つとして、それぞれが持っているアートの感性みたいなものがあります。エンジニアの方々と話すと、私たちにアートは関係ないということをよく言われるんだけど、よくよくその人たちのものづくりを見ていると、すごく美意識を持った仕事をされている方って多いです。そこをきちんと自覚してアーティスティックに振る舞うことによって、もっと広がりが出てくるし、一つの方向性としても伝えていくことができると思っています。その辺りはこの講座でも色々なアーティストの方にぜひ来てもらったり参加者の中にもアーティストがいるので、彼らが当たり前のように活動できるような場にしていきたいです。

戸村:筧先生と私のこれまでの対話の中で、自分の中にアーティストを住まわせてもいいという内容もありましたよね。そこは確かに拒む必要がない。時にはエンジニアになってもいいし、アーティストになっても、道化になっても、プロデューサーになっても、どんな役割になってもいいというか、自分の職域にとらわれる必要がないという感覚が、越境するためには大事な要素かなという話をしていたと思うんです。

筧:育むということもありますし、すでにあるものにきちんと向き合う、そんなふうにできたらいいなと思います。

戸村:テックバイアスの実践研究プロジェクトにて、田中東子先生のワークショップに参加させていただいて思ったのが、自分の中の今まで見つめてこなかった影の部分にしっかり向き合うことをまずはアンロックする、解放するということです。

解放して、それを筧先生の言葉を借りれば「外化する」ことで、自分の中で抑えていた先入観というものが脱皮するような感じを、参加している学生や社員のメンバーの話から感じました。

筧:そうなんです。学際的に理系と文系が一緒になりましょうということには限界があって、理系はいつまでも理系で、文系はいつまでも文系なんですよ。そうではなくて、だんだん混ざっていくはずなんですよ。あるいは、もともと混ざっていたものが立ち上がってくるはずなんだけれど、いつまでたっても文理融合と言われるような、理系の人と分系の人のインタラクションで終わってしまう。そこはもっと絡まり合う関係としてあったらいいと思います。人々も変容して、その中に文系性やアート性を作っていくことが重要ではないでしょうか。

僕がやっている西陣織のプロジェクトでも、伝統工芸の職人さんと長年一緒にやっていると、僕らのラボのメンバーはだんだん手で織れるようになってきました。一方伝統工芸のチームたちは、メディアアーティストを雇って、内部でデジタルアートを作れるようになっていったりとか、相手の領域に対する関心や言葉を覚えていくなど徐々に混ざっていって、混ざった先に再度何が一緒にできるかを考えるんです。つまり、このようなコラボレーションでは2周目・3周目が一番面白いんですけれど、最初のところしかやらないということがよくあります。そうではなく、熟成されていく関係性が目当てになると思います。

戸村:ありがとうございます。前半のセクションは10分オーバーしてしまいましたのでこの辺りで締めようと思いますが、5月から始まる次回のプロジェクトにも、皆さんに参加してほしいですよね。

筧:そうですね。テックバイアスのような実践研究も進んでいますけれど、また新しいプロジェクトも立ち上げていきますので、Slack等を通じて、皆さんに参加していただきたいと思います。

このダイアログは今後も続いていきますので、前半はここまでとさせていただき、ここからは対面での会話の時間にしようと思います。

自分の中の「見えていない部分」に光を当てる

このダイアログの主旨として、この教室にいる皆さんと横のつながりを作るということがあります。今日の参加者は東大とソニーのメンバーがちょうど半々くらいでしょうか。前後の席で4名程度のグループを組んで、話をしてもらいたいと思います。

何について話をするかというと、今後も継続的にお会いしていくと思いますので、まずは自己紹介をしていただき、皆さんがこれまでに体験した越境的あるいは共創的な体験を思いつく範囲で話してみてください。

そのあと、グループで、この場に向けて共有したいポイントを一つ挙げてほしいと思います。

今日の話を聞いて出てきた質問でもいいし、こんなことを考えていくべきではないかという提言でも良いので、slidoに出してもらえればと思います。全部は取り上げられないのですが、それを見ながら皆さんと話したいと思います。では、15〜20分程度でグループで話をしてみてください。

筧:さあ1個目に行きますか。

「共創を起こすために「今まで蓋をしていた部分に光を当てる」というような表現がありましたが、それは具体的にどんなことをすることで実現されるでしょうか?」

戸村:結局、今あるやり方の延長上で描くのは、今日ここにお越しの方々皆さん多分既にできると思うんですよ。それをなんとかしたいとこの講座に来てくれたのではないかと思います。私は、それが見えていない部分、もしくはそう考えていない部分に現れるのではないかと思います。

見えてないということは誰も登ったことがない山なので、かなり難易度があるという前提で、丸腰では遭難してしまうかもしれないですが、それなりの準備をしてから登るんです。だから、蓋をしてきたことをアンロックしてもいいし、地図上に見えていないものを探しに行けるかどうか、ではないでしょうか。

筧:難しい問いですが、アートの一つの側面に、当たり前を疑ったり、使われているものをもう一度わからなくしたりすることがあると思います。それに対する回答として、現状を見るということが、これまで当たり前と思っていた、すなわち蓋をしていたと自覚的でなかったところに光を当てることにもなると思いますね。

越境のマインドセットは反論に耳を傾けること

「ここには越境する人がこんなにたくさんいるのに、なぜ日本社会は越境しようとしないのか」という大きな話が出てきました。「また、越境はみんなが越境に向かうことが必要なのか。もしくは越境に向かう人と分野を深める人がそれぞれいて、コラボレーションするのが良いのか。越境する人はどういうスキルセット、態度が必要か」

筧:これはどうでしょうか? なぜ日本社会は越境しようとしないのか、について参加者の方からも何か意見のある人はいますか?

参加者:変わっていないから、変わらないことを続けようとしている人が多いからじゃないでしょうか?

筧:変わらないことを続けようとしている人たちも多くいると思います。先ほどのように、続けるために変わることが必要ということが、まだうまく捉えられていないというか、昔のまま残すことをある種の美学とする考え方は少なからずあると思うので、変えることが残すことだという構造がもう少し広がっていくと良いと思いますし、そのようなことを実践している人たちは多くいるので、その辺りのプロセスや考え方が共有されていくといいかもしれないと思いますね。

「越境する人はどういうスキルセット・態度が必要か?」先生方はどうですか?

中村寛先生(ゲスト参加):学生の勉強だけに限って言うと、越境が難しいのはそれぞれの領域の方法が作られてしまっている中で、他の領域の方法を学ぶ機会がないまま、全く異なる用語で同じことを話すこともありますよね。

それが越境を妨げているように感じます。人間の承認欲求のように、それぞれのジャンルの中に権威があるので、お互いを侵さないように気を遣いながら、この専門は何々先生、というようにフラットな領域侵犯を起こしにくいというマインドセットがあります。このマインドセットが領域審判をお互いに認められるものになって、相手からの反論をむしろ歓迎するような態度がすごく大事だと思います。

筧:北野さんも「軋轢を大事にしなさい、安全に遭難しなさい」とキックオフでおっしゃっていました。失敗に向き合うことをある種の喜びとするところは日本人は苦手で、それをどうやって乗り越えていけるかっていうのは度胸なのかもしれないし、環境の話なのかもしれないです。

他のご意見もせっかくなので聞いてみたいと思います

田中先生:軽いってすごく大事。一つのことに集中して、その枠の中で積み重ねていく学術の世界はそれでいいと思うのですが、そうではなく外部になったときに、ソニーの方も東京大学の皆さんも、意図せず権威になるという状況に置かれる中で、自分とは異なる方向性の領域にいらっしゃる方たちの話をちゃんと聞けるか、まずは耳を傾けられるかが大事だと思います。

レスバックというイギリスの社会学者が『耳を傾ける技術』という本を書いているのですが、そういうマインドがすごく必要だと思いました。まずはとにかく聞く。自分の側の主張を押し付けるのではなく、相手が何を言おうとしているのか、何を伝えようとしているのかを、きちんと聞くことが大事かなと思います。

筧:ありがとうございます。

戸村:講座を立ち上げるときに、東子先生や苗村先生、筧先生などの皆さんと会話していた時に、先生方皆さまの知的寛容さを感じました。権威を感じさせず、ゼロイチで話してくださることでオーガナイズした感覚があります。私もゼロイチから立ち上げる癖があるので、今回の講座を立ち上げたときの会話を、また思い出すようでした。

筧:ありがとうございます。

全員がプレーヤー。運動体としての「CFI」

「人がいるだけでは越境は起きないと思います。その代わりにコミュニケーターを送らない人を混ぜる仕組みが必要なのではないでしょうか。その仕組みはこの講座ではどのようにデザインされるのですか?」

筧:これも難しいところですよね。人がいないと越境は起こらないけど、人がいるだけではいけないのではないか、場や仕組みが必要なのではないか、という課題意識ですね。

僕の多くのコラボレーションも、無茶振りのような企画から始まることもすごく多いんです。例えば西陣織の細尾さんとのプロジェクトも、山口情報芸術センター[YCAM]から、これまでのものではないものを作ってくださいというある種の無茶振りからスタートしました。

アルスエレクトロニカも、場としてうまくつなげることだけではなく、無茶で実験的な要素を詰めることによって、色々な人を引き付けるような役割を自覚的にも、結果的にも担っていくというのがあると思っていて、いかに自覚的に作ることができるのかということを常に考えるんですけど、属人的なところも多く、仕組みに落とし込むまでには時間がかかると思うんです。

越境に対する方法論を研究したいというのは、再現可能な形でこの取り組みを言語化していきたいけれど、、まず最初は属人的にやりながら、とにかく取り組みと例を増やしていき、そこでの反応を見るしかないのではないかと思います。

戸村:東大やソニーでこれまでにもたくさんされている共同研究は前提としながらも、そこへの軌道を最初から描かないようにしようということです。要するに、この講座で言えば、まず1年間やってみて、半年くらい経ったタイミングで、また新しい枝葉が生まれるはずだと思います。この講座自体は運動体だと理解しているので、そういった意味では、カオティックな中でだんだん重力が生まれてきて惑星ができるように物事が生まれてくる気がしてるんですね。

だから、大きいエレメントがあって、中心にも同じものがあるというくらいに考えていくのが良いと思います。誰も観察者はいないし、みんなが当事者であるということが、このような変革的なプログラムを加速させていくのかなと理解しています。

筧:そうですね。まさに駆動してくれているのがソニーグループだと思います。並走してくれる東大の皆さんがいるということも心強いです。

境界を引き直してイノベーティブに関係性をつくる

「越境しようという意識がある人を通してですら壁を越えるのはなかなか難しいし時間がかかるものだが、越境する意思が少ない人を越境するのはとても大変である。どのようにプレゼンテーションしていくべきと考えるか? 越境の価値をどのように伝えていくかを考えないと結局内輪で終わってしまうのでは?」

戸村:私の友人の一人で、楽天大学の学長の仲山進也さんという人と話していた時の対話で、「濡れた木は放っておけ」というワードが出てきました。濡れ木はすぐに薪にすることは無理ですが、断然火が大きくなってきたら濡れ木もいずれ乾く、という話を仲山さんとしたんです。まだ越境への意思が少ない人に無理に話す必要はなくて、まずは動きのある人たちから伝えていけば良いのではないでしょうか。

筧:そうですね。ここにいる皆さんは越境に前向きな方々が多いと思うのですが、ここでやっていることを外にどう伝えていくかということはすごく重要で、CFIでは何ができたのか、何が起こったのかということを届けられるように、文章や展覧会など、色々な形で出していきたいと思っています。

また、境界とはそもそも何なのか、これも結構大事な質問だと思います。文系・理系などの境界に気づき乗り越えるだけではなくて、もっと複合的に絡まり合っているものに対して、自分なりの境界を見出したり、あえて境界を作ったりすることによって、その関係を書き換えていくことが重要だと思います。そもそも「境界とは何か」という問いがとても重要なんです。

先ほどの分野を乗り越えるイノベーションというのは、これまでの当たり前やできることの先を行くことだと思うので、そもそも境界というのは自分側で提示すべき問題なのかなと思います。あるいは相手との関係の中で境界を生み出していくことが重要だと思うんですね。

それを作り出していくものは何なのか?さっきの既存のいろんなディシプリンの話とか承認欲求、いろんなところの関係や思いやりなど、いろいろなところで生まれてしまうものであって、それをデザインするなどで活性化するものになるといいなと思います。

戸村さんからも何かありますか?

戸村:既存の境界自体が先入観を作っているようなところもあるかもしれません。だけど、制度疲労の観点から言えば、境界が絶対的ではないと思います。自分たちがその枠組みを変えるように作用すれば、境界が怖くなくなるのではないでしょうか。

筧:他にも面白いコメントがいっぱいきています。同じように苦しんでいる方がいらっしゃいますね。

「自分ごとにできないものに対して思いを馳せることで越境できるんですか?」というコメントが面白いなと思いました。僕らのラボでも、ポストヒューマンなどに関心を持つ人も多くいるのですが、その中で自分ごとにできないものに対して自分を重ねていくということが今問われていることだと思うので、このような問題意識を投げかけてもらえば、この講座の中で扱うトピックの一つの軸にしていくことができるかなと思っているので、今後もこのような関心事はぜひ出してもらいたいです。

戸村:この世界はこの瞬間に生きている人間だけではない、と思えるだけで考え方が広がりますよね。先人たちの哲学だったり、宗教だったり、色々な社会を礎にしながらも、今はどういう意識で生きるかというところを一緒に考えられるといいかなと思います。

筧:他に答えられていないコメントもたくさんあって、本当は全てについて一つひとつ話をしたいですし、皆さんの話もさらに盛り上がると良いなと思うんですが、今日は時間がきてしまったのでそろそろおしまいにしたいと思います。

今日はCreative Futurists Initiativeの中でも、対話する場を作るということでダイアログの1回目を実施してみました。

実験的にやったので、うまくいったところもあれば、もっとみんなと話したいところもあったかと思いますが、これから色々な方にインプットしてもらって、お互いを理解し合って言葉にして、アクションにつながるような場所にしていければと思うので、引き続きよろしくお願いします。

次回2回目の5月8日のダイアログの受付も始めていますので、ぜひ継続的に来ていただいて、お互いの顔を知っている間柄になれればと思っています。そして周りの人にもぜひ広めていただければと思います。