
2024/05/19
越境者が集まるラボを、社会でつくる|筧康明
越境者が集まるラボを、社会でつくる|筧康明 東京大学情報学環とソニーによる越境的未来共創社会連携講座は、社会課題を批評的に捉え、アート・デザイン・⼯学によって創造し、社会と協働できる人材「Creative Futurist」を育成することを目的としています。講座の運営を行う筧康明教授は、これまでアート・デザイン・⼯学にまたがって研究やアーティスト活動を行ってきました。そして東京大学情報学環のラボ「xlab」にはさまざまな「越境者」が集い、探求を進めています。筧教授に、越境的未来共創社会連携講座でどのようなことに取り組むのか、詳しく聞きました。(※) 記事中の所属・役職等は取材当時のものINTERVIEW / TEXT: Akihiko Mori PHOTOGRAPH: Kaori Nishida PRODUCTION: VOLOCITEE Inc.マテリアル・エクスペリエンス・デザインxlabで生まれたこの作品は、物理世界の現象を、計算によって制御したものです。 見た目には奇妙で不思議ですが、この現象自体は、とくに珍しいものではありません。お風呂でもどこでも、自然に生まれているものです。水の上から水滴をそっと注ぐと、水中に泡が生まれます。この泡は、水滴が空気の薄い膜に包まれてできる泡であり、シャボン玉などの泡とは逆の構造をしています。この現象は「アンチバブル」と呼ばれます。 人工的に制御し、小さな水槽に閉じ込めてしまうことで、アンチバブルは物理世界で偶然に生じるときとは異なる表情を見せます。泡が生まれ、形を変えながら、消失していく。その過程は、作り出すことと同時に失われていくこと、その絶妙なバランスの中で成り立っています。これは、自然と人間の関わり方の縮図なのかもしれません。 コンピューティングによって、現実世界の物質の形や色、大きさ、触感、香りを自在に変え、まったく新しいユーザエクスペリエンスをデザインする。そのコンセプトを私は「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」と名づけました。越境者が集まるラボ私は大学の頃は工学部電子情報工学科に所属し、情報関連の分野を学んでいました。プロジェクションマッピングや画像処理、VR(Virtual Reality)の研究に取り組み、人の行動や振る舞いを映像で拡張する研究をしていました。その後、テクノロジーを活用し、現実世界の物質を拡張する、ということに関心を持ちました。パソコンやスマートフォンのディスプレイの中のデジタル空間では、私たちの想像を遥かに超えた、さまざまな表現が可能です。こうした表現が、現実世界に出てきたら? そんな表現はつくることができるのか? そうして構想したものが、現在マテリアル・エクスペリエンス・デザインとして方法論化を続けているものです。物理環境における物質(マテリアル)とコンピューティングをかけ合わせ、メディアとして利用することで、新しい情報の表現や、相互作用(インタラクション)をデザインの方法によって実現するというコンセプトです。 デザインは見た目を整えることではありません。特定の目的を果たすために、従来は考えられてこなかったやり方で異分野をつなぐことができる方法論なのです。 その後、縁あって東京大学大学院学際情報学府で研究室を持つことになりました。私の研究室「xlab」は、アートと理工の顔を併せ持つラボになりました。美術大学・芸術大学出身者と理工学系の出身者が「既存の枠組みではとらえきれない何か」を探求し続けています。その風景は、いわば「越境者が集まるラボ」です。 メンバーの半分は美大・芸大、もう半分は理工系の大学の出身です。たとえば画家として活動してきた人は、絵画のマテリアル、つまりキャンバスをデジタルファブリケーションによってつくり、新しい表現を探求しています。私のように工学から出発し、情報技術や建築などを通じて表現の領域を広げようとする人もいます。異なるバックグラウンドを持つ人たちが、既存の分野に留まっていては手に負えない問題意識を持ち、自分だけの探求をしに、このラボに集まってくるのです。そしてみな、共通して批評的で、創造的で、そして協調性を持って新しいものを生み出すことができる。少なくともそうしたトレーニングを、このラボでは積み重ねています。 研究のアウトプットも多岐に渡ります。探求の中で見つかった技術を工学における論文としてまとめることもできますし、アート作品をつくり、オーストリア・リンツで毎年開催される、世界的なメディアアートの祭典である「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」で作品を発表する人もいます。xlabで実際に制作された作品『Efficiency of Mutualism』。アルスエレクトロニカでの受賞歴のほか、国内外で多数の展示を行ってきたアーティストとしても活動する滝戸ドリタがxlabでの研究として取り組む。同作品は、植物と共生する微生物、光合成、そして水の電気分解による複数の発電の仕組みを通し、人と自然の関わり方を再考する。現代の「次に作るべきもの」に必要な批評性私のラボに集まる人々が繰り広げる越境的な活動は、何より私自身にとって非常に興味深いものです。何よりも彼ら彼女らは創造性や協調性だけではなく、批評性を持って社会と関わり、新しいものや考え方を次々と生み出していく。このような活動を、さらには思想を、もっと多様な人を巻き込んで実現できないだろうか? 私はずっと考えていました。…